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2009年7月31日 (金)

つるの剛士に一目置いてみる

 羞恥心という変な名前でブレイクした三人組ユニットが、有名になり始めてから一年と少し経つんですね。このブログでも、ヒメっちが羞恥心のことを気に入っていたこともあってデビュー間もないころに書いた記憶があったので、過去の記事をたぐってみると、昨年の4月のようです。破竹の勢いで昨年の後半期を活躍し続け、年明けとともに解散という太く短い活動スタイルを通した彼ら三人は、それぞれ今も磐石の人気でその後も活動していることについては、今更言うまでもないことです。

 でも、私は最初、この三人があんまり好きになれませんでした。

 だって、クイズ番組で有名になっていながら、クイズの回答がバカなんだし・・・。

 笑いの取れるおバカな回答に徹するのならともかく、そうでもなさそうなところもあるところにイライラしたりしていました。

 でも、若手の二人はともかく、リーダーのつるの剛士という人物には、ちょっと一目置くようになりました。

 クイズはあまり得意でもないみたいですけど、エンターテイナーとしては多才なんですよね。特に、歌がうまいということで、ソロアルバムを二枚リリースしているんですけど、そのアルバムにつけたタイトルの意味を聞いて、なるほど、と感心したものです。

 その二種類のアルバムのタイトルは、「つるのうた」と「つるのおと」。なんだか適当につけたタイトルみたいに思えるんですけど、その意味を聞いたときに、納得できる理由があることがわかりました。

 彼には一番上に男の子が一人いて、その下に二人の娘がいるそうなのです。長女の名が「うた」、次女が「おと」というのだそうで、二人の娘の名前をそのまま、アルバムのタイトルに与えたんですね。公私混同って言ってしまえばそれまでなんですが、子煩悩なパパさんとしても評判の彼らしい発想です。

 二人の娘さんにとっては、自分の父親でなければ絶対に残してくれることのない財産ですものね。

 それを私になぞらえたときに、私にはヒメっちとナイトっちの二人に何が残してやれるんだろうと考えることがあります。

 そのひとつがこのブログなのかもしれません。というわけで私は、開設して三年半を過ぎる今も、記事を毎日書き続けているわけです。

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2009年7月30日 (木)

うちはうち、よそはよそ

 職場の喫煙室で、ある二人の男性が会話しているのを傍でなんとなく聞いていたときのことです。

 その二人は、どちらも小学校高学年か中学生くらいのお子さんのいるパパさんのようでした。

 そのうちの片方の男性には、女の子のお子さんはいなくて、また自分自身、姉と弟という兄弟関係で育ってきた人のようでした。

 その人は今でも、もし自分に妹がいたら、かわいくてしょうがないだろうなあなどと思う、と言っていました。

 ほお、そんなもんかな、などと思いながら、私は興味深く聞いていたものです。

 姉だけしかいない環境なんてまっぴらだ。弟は奴隷のようにこき使われるだけだ。

 というのが、その人の主張でした。

 ないものねだり、ってやつですね。子どもが大きくなった今でも、同じように思うものなんですね。

 我が家の子どもたちも、一姫二太郎です。姉と弟の関係。

 ナイトっちも、やがてヒメっちに奴隷のようにこき使われるようなときが来るのかなあ。今の仲良しぶりを見ていると、とてもそんなことは想像だにできないのですが。

 いやいや、きっと我が家の子どもたちは、互いに助け合う仲でいてくれるものと信じていますとも。

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2009年7月29日 (水)

子どもの処世術

 お父さんとお母さんとどっちが好き?

 こんな質問を子どもにするのはどこの家庭にでもある風景だと思うのですが、考えてみればこれは、かなり残酷で、しかも大人の狡猾さを露呈させたような質問ですね。

 まだまだ正直に答えることしかできないナイトっちは、はっきりとママっちの方が好きだと答えます。だからどうだということもないのですが、どうしてもナイトっちに、お父さんのほうが好きと言わせることができないことがちょっと悔しかったりもします。もちろん、お父さんも好き、嫌いな人はいない、とまでナイトっちは答えているのです。それ以上追求するのは酷というもの。

 さらに、大人がずるいと思わせてくれるのは、同じ質問を子どもから受けたときです。ヒメっちから、自分とナイトっちのどっちが好きか、と聞かれたら、もう返す言葉がありません。二人とも愛しているのは間違いないのだから、そこに優劣などつけられるはずもなく、さっきまで父と母のどっちが好きかと聞いていた者の取る態度じゃないななどと、自分でも思うのです。

 では、ナイトっちくらいの年のころには、「みんな大好きだけど、お父さんが一番大好き」と言っていたヒメっちは、今は何と言っているでしょうか。

 答えは、「みんな同じくらい大好き」です。私もママっちも、ナイトっちも含めて。我が家の外を出た場合はどうなるのか、そこまではわかりません。

 最初から優劣などつけること自体がナンセンスなんだよ、とでも言いたげです。また、それがヒメっち流処世術なのかもしれません。

 子どもから教えられることはたくさんありますね。

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2009年7月28日 (火)

キャラクターカレー

 ベネッセから届いたこどもチャレンジの最新号に、食べ物を型抜きする道具がついていました。

 ママっちの報告を夜中になって聞いただけなので、詳しいことはよくわかりませんが、子どもたちは多分、この手の遊びが大好きなので、二人ともハイテンションでこの道具を使いたがったんだろうと思います。ベネッセの対象はナイトっちでしたが、ヒメっちも負けずに同じことをしたがったものと推察。

 野菜の型抜きなどもしたそうなんですが、これはやり方がまずいのか、道具が安物だからなのか、上手に抜けなかったんだそうです。一方、ご飯を俵型に成型するのはうまくできたみたいで、夕飯のメニューをカレーということにして、ライスの部分をいつもとは違う盛り付けにして楽しんでいたんだとか。

 俵型に成型したご飯を三つ並べて、サンリオのシナモンのカレーなんだそうです。しまじろうのキャラクターじゃないところがまた。シナモンに見えます?

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 食育といってもいろいろあるでしょうけど、特に料理を子どもたちと一緒にするという領域には、父親はなかなか参加できません。子どもたちも、ママっちを頼りにして、一緒にその場を楽しんでいたものと思います。

 直接参加するのは時間的にも技術的にも難しいこととはいえ、こんな何気ないことが、子どもたちの感性を育てていくものだと思うと、嬉しくなるものですね。

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2009年7月27日 (月)

一緒に歌えない理由

 昨日の夜は、フジテレビが一夜ぶっ通しで放送していた26時間テレビが無事に大団円を迎えていました。我が家でも、お祭りから帰った後、最後までこの番組を見ていました。中心となった島田紳助氏らしい番組構成で、おもしろかったと思います。また、最後にたたみかけるようにもっていったお涙頂戴的演出、私はこういうの、結構好きなほうなんです。

 グランドフィナーレで、いよいよこのときのために準備されていたという「泣いてもいいですか」という歌を全員で歌おうということになりました。ベタだけど、一番盛り上がる演出の定石てす。

 ちょうどこのとき、ヒメっちが一緒に歌いたいと言っていました。多分、歌詞は画面に出るだろうから、一緒に歌うことはできると思うよ、というと、

「パパも一緒に歌うんだよ」

 と返してきました。

 いやいや、それはできないのです。テレビの前でヒメっちを抱っこしながらリズムに合わせて体を動かすくらいのことはしていましたが、私は歌わないまま、ヒメっちが一人で歌っているのを聞いているにとどめていました。

 私は前述のとおり、この手のベタベタな演出が、それとわかっていながら好きなほうなんです。演出家の策略には、むしろ積極的に乗ってしまうタイプです。

 早い話が、よくもらい泣きしそうになるわけです。

 ヒメっちと一緒に歌うのはいいけど、そのときに声がうわずってしまいそうな気がしていたので、自分は歌わないでヒメっちの歌を聞く側にまわっていたというわけなのです。

 ヒメっちはちょっと照れくさそうでしたが、上手に歌っていました。音程もリズムも、なかなかしっかりしたものです。このときは眠ってしまっていたナイトっちがここにもしいたら、さらに面白いことになっていたかもしれません。ナイトっちも、しっかりした音程で歌うのです。ただ、画面の文字がまだ読めないから、歌詞は適当になってしまうでしょうけどね。

 ちなみに、ふりがななどまったくふっていないテレビ画面の歌詞を、ヒメっちは全部正確に読んで歌っていました。

 一緒に歌いたいのは山々なんですが、それができない不器用な私。そのうち、子どもたちが私の分までしっかり歌ってくれるでしょうから、気にしていなくてもいいことなんでしょうね。

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2009年7月26日 (日)

祭りは楽しい

 駅向こうの商店街が主催する、年に一度の夏祭り。午後からの開催ということで、子どもたちは午前中から早く行きたそうにしていました。

 現地に到着して、カキ氷とチヨコバナナを続けて食べまくる二人です。この暑い中、こういうものならよく食べる子どもたち。食べたがるのは一人前なんですが、食べる時間はカタツムリのように遅いので、炎天下に失う水分やエネルギーをその場で補給しているようなものです。

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 あまりにも暑いので、この後は写真を撮るだけの元気が私になかったのですが、この後もスーパーボール掬いをしたり、クラウンのお姉さんにバルーンアートを作ってもらったり、ラムネを飲んだり、お団子や蕨もちを食べたりと、それなりに堪能していました。

 一人が何かやりたい、食べたいとなったら、もう一人も同じことを言い出します。共鳴するかのようにまったく同じように。これがまさに、幼い姉と弟の姿なんですね。

 暑くてどうしようもないお祭りでしたが、子どもたちが喜んでくれてよかった。蕨もちは二人とも初めて食べるものだったようで、新しい食感がよかったみたいです。

 帰り道、ナイトっちがまたこんなことを言っていました。

「おまちゅり、楽しかった。また来年も行きたい」

 場所が違っていてもいいなら、来週にもまた別なお祭りが近所で開催されるのですが、ナイトっちにしてみると、「来年も」なんですよね。

 ナイトっちの「来年」の概念が、一体いつのことを言っているのかがとっても知りたい私です。

 来年といわず、また楽しそうなところがあったら連れて行ってあげよう。

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2009年7月25日 (土)

子どもたちプロデュースのバースデーパーティー

 もうこれ以上、齢を重ねてもあまり嬉しくはないというものなのですが、今日は私の誕生日でした。そして、今までで一番嬉しい誕生日となりました。

 特別に派手なパーティーだったわけではありません。いつものように、我が家の中だけで家族だけでお祝いするささやかなバースデーパーティーなんですが、家族の手作り感がたっぷりだったのです。

 まず、夕食はヒメっちとママっちの共同作業。何を作って欲しいかのリサーチは、事前にヒメっちがしていました。図書館で借りてきたレシピ本を私に見せて、この仲で作って欲しいものは何?などと聞いてくれていました。私が和風ハンバーグと答えていたので、ヒメっちは私の誕生日の夕食はそれにしようと、ママっちに提案していたのです。

 ヒメっちはハンバーグを捏ねる役目を、ずっとやっていてくれたんだそうです。

 前日からあまりよく眠れていなかった私は、昼を過ぎてからすごく眠くなってしまい、夕方までの間、眠っていました。

 そして、食事の後のデザートタイムで、私が眠っている間に三人で買いに行っていたというバースデーケーキをいただきました。

 このケーキを食べるときに、ヒメっちとナイトっちが共同で昨日のうちから作っていたという飾りが披露されました。それまでリビングの窓を覆い隠していたカーテンを開くと、窓には様々な色の折り紙で作ったという紙のチェーンが飾られていました。

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 私も子どものころには家族や近所の子からお祝いしてもらったこともありましたが、部屋の内部を飾りつけるようなパーティーは、生まれて初めてのことです。まさかこんないい大人になってから、こんなにも素敵なパーティーをしてもらえるなんて思っていなかったので、これはもう嬉しかった。

 それも、これら一連の出来事は、私が数時間眠っている間に、家族たちがみんなで準備し、進めていてくれたことなのです。ご飯だよ、と起こされた後、夕食、そして壁を飾ったバースデーパーティーとケーキが、次々と私の目の前に現れたのです。

 みんな、ありがとう。

 君たちのお父さんでいられることを、誇りに思います。

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2009年7月24日 (金)

昨日と明日と来年と

 子どもが楽しかったときの記憶をずっと反芻するように何度も思い出してはそのときの話をしたがる傾向にあるのは、どこでもよくあることです。

 ナイトっちの場合は、最近では遊園地に行ったときのことや、「こどもの城」で音楽会に参加したときのことなどが印象に残っていたようで、よくこのときのことを口に出しては、それが楽しかったと繰り返していました。

 先週末の場合だと、日曜日の夜にやった花火が強い印象になって残っているようです。

 ところで、ナイトっちはそのときのことを話すのに、よくこういいます。

「昨日花火したよね」

 花火をしたときから何日経っていても、ナイトっちにとって花火をしたのは「昨日」なのです。まだ、日数の経過という概念がうまくつかめていないのかもしれません。

 すると、この場合はどうなんだろうと思うのが、花火の前日に行った「東京おもちゃショー」のことです。これも楽しかったという印象が強いのか、よくナイトっちは「おもちゃショー楽しかったね。」と言ってくれるのですが、その後、「来年も行きたい」と言います。

 私が、「じゃあ来年も行こうか」と言ったことがあったので、ナイトっちも「来年も」と言うのだとは思うのですが、では、ナイトっちにとっての「来年」とはいつのことを言っているのだろう。

 年中組に進級した初夏の季節に、また次回のおもちゃショーは開催されると思いますが、そんな先のことを、多分ナイトっちは意識していないだろうと思うのです。

 もしかしたら、次の週末とか、来月くらいにはまたおもちゃショーに行けるとでも勘違いしているんではなかろうかと。

 軽々しく「来年も」と言ってしまったことに、ちょっと罪悪感を覚える私です。

 そうやってひとつひとつ、言葉のもつ意味を理解していってくれればいいことなんですけどね。

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2009年7月23日 (木)

はてなの羽根

 夏休みが始まって、なかなかいい天気にも恵まれず、学校のプールに一度も行けていないのがちょっとつまらないヒメっち。そんな折、自宅の中でぜひともやってみたいことがあるというので、ママっちの協力のもと、二人で一日かけて取り組んだことのお話を。私はもちろん、ヒメっちとママっちから後で聞いただけのことです。

 きっかけは、ベネッセから送られてきた教材DVDでした。国語や算数などと一緒に、理科のコンテンツとして、家の中にあるものでいろいろな実験をしてみようという企画が組まれていました。監修は、あの有名な米村でんじろう先生です。DVDを見ていて、まるで手品のような不思議な実験をいくつも見ていたヒメっちは、自分でもこれらの実験をやってみたいと言っていました。

 家の中にあるものでできる実験といいながら、入浴剤とかクエン酸などが必要だというので、普段からこれらの素材を常備していない我が家としては、結局この実験のためにあらたに買いに行かなくてはならないところがママっちとしては不満だったようですが、ちゃんとヒメっちの好奇心に協力してくれたところは立派なものです。

 小学生向けの実験なので、やっていることは簡単なものです。お風呂の中で色のついた水を溶かし出したときの水の様子とか(入浴剤は水に色をつけるために使います)、クエン酸を原料にしてラムネ菓子を作ったりだとか、氷のキューブを糸で釣り上げたり(氷に塩をふりかけて釣りやすくするお手軽な実験です)といった内容。

 これらのひとつひとつが、ヒメっちの好奇心をかきたててくれたようです。ラムネ菓子はすっぱいだけでおいしくなかったそうですが。

 ヒメっち、「理科も好きになれそう」などと言っていました。

 いやいや、これが実は重要なのです。特に理科教育に関しては、知識の注入ではダメな場合が多いのです。子どもが自発的に「なぜ?」と考え、その真理をを知りたいと思うようにもっていかなくては、子どもは理科に興味を持とうとしないのです。逆に、そのきっかけさえ上手に与えてしまえば、子どもは自分から知ろうとするし、知りたい範囲を拡大していくものなのです。

 今、まさにそれと同じことが、我が家では起こっています。

 ヒメっちの科学への好奇心はまだ始まったばかりです。背中に「はてなの羽根」が生えてきたといったところ。自分の意思で自由に飛び回って、自然科学の様々な分野に、体ごとぶつかっていってほしいものです。

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2009年7月22日 (水)

ねぼすけのリズム

 祝日だった月曜日の朝に撮った写真です。

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 7時を過ぎ、まだ起きないナイトっちをみんなで起こそうとしていたときです。ナイトっちもそろそろ目が覚め始めていたのか、多少体も動くのですが、まだもう少し眠っていたいといった状態だったようです。

 ちょうどそのころ、テレビが我が家では毎朝見ているNHKの「シャキーン!」で、「クラップ・パラダイス」という歌を放送していました。タイトルどおり、手拍子をしながら歌う歌です。

 寝ぼけながらナイトっちは、目も開けないまま局に合わせて手拍子だけしています。ついでに足も。

 自分でもやってることが滑稽だとわかるのか、顔は半笑い。

 子どもは寝てても起きてても、その中間のときでさえ、いつ見ていても面白い。ナイトっち、やっぱり君にはかなわない。

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2009年7月21日 (火)

隣の子の通知表

 ところで、一学期が終了するということは、子どもたちは通知表を持って帰ってきます。私にも記憶がありますが、親に一番見せたくないものでした。一年生のころはまだそんなことも思っていませんでしたが、やがてはヒメっちも、通知表をしぶしぶ出すようになるのかもしれません。

 二段階しか評価のない、きわめてシンプルで、言い換えれば各項目ごとに○か×しかない通知表でしたが、ヒメっちのは完璧でした。学習成果も生活態度も、どちらも左側にのみ○がつけられています。つまり、オール○ということです。

 ところで、この通知表を持って帰るときに、ちょっとしたアクシデントがありました。

 ヒメっちの隣の席には、Sくんというちょっとやんちゃな男の子が座っています。ヒメっちとしては、あまり隣にはなりたくない男の子なんだそうで、ときどき意地悪されたりもするみたいです。

 机をつなげているため、互いの持ち物が間違って互いのランドセルの中に紛れ込んでしまうといったことが、過去にも何度かあったらしいのですが、よりにもよって、ヒメっちはSくんの通知表を持って帰ってしまったのです。ちなみに、自分のも持って帰っていました。つまり、Sくんは自分の通知表を、この時点では持ち帰っていなかったということになります。

 そして、ヒメっちは自分の通知表をママっちに見せるつもりで、自分でも間違って持って帰ってきてしまったことを意識していないSくんの通知表を先に出してしまったのです。

 Sくんは、勉強に関してはまったく問題ないのですが、なにしろやんちゃな子なので、生活態度の方にはちらほらと、良くない方の評価がついていたらしいです。

 ママっちも、まさか他所の子の通知表を見せられているとは思っていなくて、生活態度にいささか難ありとなっているヒメっちから見せられた通知表にしばらく驚きを隠せなかったそうです。そのときのママっちの感想は、「小学校の評価って厳しいんだなあ」なんだそうです。まあ、ヒメっちから自分のだと見せられた通知表だから、他所の子のだなどと疑いもしなかったんでしょうけどね。

 もうひとつ通知表がランドセルに入っていることに気がついて、それがヒメっちの本当の通知表だったということを知り、その内容はまったく問題がなかったということでようやく得心できたわけです。Sくんの通知表は、すぐに学校に連絡してお返ししました。

 結果的に、他所の子の通知表を見てしまうことになったのです。誰かに話せるものではないのですが。

 初めてもらってきた通知表は完璧なものでした。ちょっとしたトラブルがおまけについてきましたけど。年に三回は、私もママっちも、これからドキドキしながらこの瞬間を見届けることになるんですね。

 楽しみはつきません。

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2009年7月20日 (月)

プール日和は見極めが難しい

 三連休最終日は、綺麗に晴れたらプールに行こうということを子どもたちと話していました。

 実際には、気温は高めなんですが、太陽は厚い雲に覆われたまま、ほとんど日が射さない天候となっていました。

 私が出した条件とはすでに違っているのですが、子どもたちの気持ちはもう、プールにまっすぐに飛んでいます。今更、どことなく天気がよくないからプールは今度にしようと言っても、子どもたちは聞く耳を持ちません。

 そこで、例年は午前中に行っていたのですが、今回はお昼ご飯の後にしました。一番暑そうな時間をねらってみました。

 全員プールサイドに到着と同時に休憩時間の合図。まあ、こんな偶然もたまにはあるでしょう。

 休憩時間が終わってプールに入れるようになると、早速二手に分かれることになってしまいました。

 ヒメっちは小学生になったので25メートルのプールにも入れます。ナイトっちはまだまだ幼児向けプールで水遊びが精一杯。最初だけヒメっちも幼児向けプールに入るつもりでいたようなのですが、実際に休憩時間の縛りが解けたら、心変わりして25メートルプールにまっすぐ向かっていきました。

 25メートルプールでは浮き輪は使えないルールなので、ヒメっちの浮き輪はナイトっちが独り占めする結果となって、まあこれは結果オーライ。ヒメっちのお下がりの浮き輪なので、デザインがラブ&ベリーなんですが、ナイトっちはまだそんなことまてせ気にしていません。

 次の休憩を境に私とママっちが交代するつもりでいたので、まずは私がヒメっちに付いていました。ヒメっち、まだまだ泳ぎは下手ですが、水をまったく怖がっていないし、水中で目も開けられるし、この分ならすぐに泳ぎを覚えてしまいそうです。今のところは、溺れているようにしか見えませんけどね。

 隣のプールでは、ナイトっちが浮き輪に入り込んだまま水遊びしている様子が見えました。楽しそうでした。

 さて、またホイッスルが鳴って再び休憩時間。でも、やっぱりちょっと寒かったみたいで、次の休憩終了を待つまでもなく、帰ることになってしまいました。

 やつぱり、晴れた日を選んだほうがいいってことです。

 二人とも楽しかったみたいだし、ヒメっちは夏休み中に水泳指導が学校であるからいいけど、ナイトっちの幼稚園のプールはもう終了しているから、家で連れて行くしかないのです。できれば、今シーズンにもう一回くらいは連れて行ってあげたいな。ちょっと遠くて大変なんですが。

 今度はよく晴れ渡った日にね。

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2009年7月19日 (日)

闇夜の炎

 二日目のおもちゃショーに行くには前日疲れがたまっていた我が家。天気は良かったのですが、三連休中日はちょっとのんびりしていました。

 久しぶりに私に図書館に行く用事ができていたので、ヒメっちを連れて午後になってから出かけました。今日は19日なので、恒例のケーキも買いにいかなくては。

 図書館とケーキ屋さんの間に、スーパーに寄って花火を買って帰りました。

 今年はすでに一度、子どもたちは花火をやっているのですが、そのとき私は風邪を引いて一緒に行けなかったし、花火の量も少なかったし、ママっちが線香花火の点火場所を間違えて(火薬が仕込まれているのと逆側に火をつけて)半分以上の線香花火を無駄にしてしまったといっていたので、もう一度やってあげようと思っていたのです。

 携帯カメラでは無理がありますが、子どもたちが花火を堪能しているところです。

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 ナイトっちはまだ、ママっちがついていないと火が怖くてなかなかできないみたいですが、怖いながらもやりたいことはやりたいみたいです。

 手持ち花火を楽しむのはこれくらいにしておいて、後は京都に帰省したときの花火大会かな。また今年も、私の地元の花火大会に帰省の計画を重ねています。そんなに大きな花火大会ではないけど、そちらへと導くための布石としては、今日の花火も役に立っていると思うんですよね。

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2009年7月18日 (土)

それぞれの東京おもちゃショー2009

 今年も開催されました。有明ビッグサイトでの、東京おもちゃショー。世界的に見ても最大規模のおもちゃの見本市です。毎年、2日あるうちの両方か、少なくとも片方は見に行っています。ナイトっちがまだ小さくて連れて行けなかったころは、私とママっちが一回ずつ、ヒメっちを連れて行くこともあったのですが、去年くらいからナイトっちも大きくなってきたので、家族四人で一日だけ行くようなスタイルとなりました。

 これだけ大きな見本市です。どこを向いてもおもちゃだらけ。何から参加しようか、子どもにとっては目移りしている間にも時間ばかり経っていくようなくらい大規模なものですから、無目的に歩き回るとあっという間に時間は過ぎてしまいます。

 本当は、私かママっちが、どんな要領で見物すればいいかを事前に計画しておけばいいんでしょうけど、今回は行き当たりバッタリでやってみました。

 最初に長い時間いたのが、セガトイズのブースです。ヒメっちが持っている、さかだちラッキーの兄貴分のようなおもちゃがありました。ゴールデンレトリバーのロボットです。3.5万円だそうです。ラッキー5匹分。

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 ペットタイプのおもちゃには、二人ともいい反応を見せます。初めは二人バラバラに遊んでいて、私とママっちが手分けして付いていたのですが、このペットロボットのコーナーで二人とも一緒遊ぶようになりました。ヒメっちは、同じマンションに住む同級生の子の家が犬を3匹飼っているので、そちらの家に遊びに行くとよく犬を抱っこさせてもらったりもしています。ペットを飼うことには強い興味があるようなのですが、なかなかそれだけは我が家では難しいのが現状。

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 セガトイズのブースを出た後、ヒメっちは「ホイップる」というおもちゃの体験コーナーに参加しました。自分の意思で行列の最後尾に並んででも参加したかったもののようです。

 ケーキ職人がホイップクリームの搾り出しの練習に使う、食べられないクリームがあるのだそうです。それと同じものをおもちゃとして商品化したもので、搾り出したまま数日放置しておくとからからに乾いて、アクセサリーにすることもできるという、いかにもヒメっち好みのおもちゃです。それにしても、おもちゃメーカーもいろんなものに目をつけるものです。

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 可愛いハート型のアクセサリーをホイップクリームを搾り出してかたどって、できあがったものを持って帰れるようにしてくれました。後で、これがちょっとした騒ぎの原因となりました。

 いろいろと回って遊んできたのですが、写真の残っているものとしては、あとはこれくらいでしょうか。

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 アンパンマンのゲームなんですが、マンマシンインターフェースが足で踏むマットになっているというもの。昔、ファミリートレーナーなんてのがありましたが、それに近い感じです。ヒメっちもナイトっちも、このおもちゃに長い時間はまっていました。

 もうひとつ、ナイトっちがやたらはまっていたのが、自動販売機のおもちゃでした。どうも最近、自動販売機のあるところでは、お金を入れればいつでもジュースが飲めるということを理解したナイトっち。後ろから缶ジュースを充填した自動販売機にお金を入れると、中のジュースがひとつだけ出てくるというしかけのおもちゃが大のお気に入りとなってしまいました。私はこのおもちゃ、多分去年くらいのおもちゃショーでも見た記憶があります。大して目新しい商品でもないだけに、自由に触って遊べるようになっているのがよかったんでしょう。一度離れたこのブースに、ナイトっちはわざわざ戻ってきてもう一度遊びたがるくらいでした。

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 結局、帰る時間になるまでに回れたところは、一階の半分ほどのスペースだけにとどまりました。もう半分と、上階へはまったく足を踏み入れもしないまま。子どもたちは自由に遊べてそれなりに満足だったでしょうけど、やっぱり親が多少は事前にどこを回るか計画しておいたほうが、子どもたちにとっても楽しいかもしれません。

 それを思い知らされたのが、帰りがけに通りかかった中央ステージを見たときでした。

 侍戦隊シンケンジャーの主題歌が聞こえてくると思ったら、歌っている本人、サイキックラバーがステージに出演していました。サイキックラバーを一番見たがったのはママっちですが、その背後にはシンケンジャーの五人が一緒に出演しているし、歌が終わった後には仮面ライダーディケイドやプリキュアも登場しました。プリキュアなんて、まだテレビでもほとんど出ていないキュアパッションまでお目見えしていて、どうも歌のステージの前には、これらのヒーローヒロインのショーが開催されていたようです。

 それを知ったナイトっちが、「見たかった~」と泣き出す始末。とくにプリキュアのショーが、見たかったらしいです。

 この中央ステージのショーは、観覧席を確保するだけでもものすごい競争率なんですけど、ナイトっち、わかってるかい?

 私たちが見始めたとき、そのショーはもう終盤で、ヒーローやヒロインはカーテンコールのためにもう一度ステージに上がってきただけのものでした。まもなく、ショーは閉幕。私たちも、いよいよ帰りの駅に向かうこととなりました。

 そして、少なくともこのショーを見終わったときまでは間違いなく持っていたはずの、ヒメっちが作った上記のホイップるの試作品が、電車を乗り継いだ先でいつの間にかなくなっていることが判明。

 持っていたのはヒメっち本人なので、多分切符を買うときに、どこかに置き忘れてしまったのでしょう。泣き出すヒメっちですが、こればかりはどうしょうもありません。

 ヒメっちにとってはちょっと後味の悪い結果となってしまいましたが、やっぱり年に一度のお祭りみたいなものです。楽しかったのは言うまでもないことのようで、二人とも来年もまた行きたいと言っていました。

 私としては、姉弟二人がこんな大きなイベントで思い思いに遊べるようになってくれていることを確認できたというのが一番大きかったかもしれません。来年は来年で、また新しい発見があることでしょう。来年はもう少し事前に計画を練って、参加してみようと思います。

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2009年7月17日 (金)

悔しいマイナス2点

 ベネツセの教育コンテンツのひとつに、「赤ペン先生」というものがあります。ヒメっちもやっています。

 通信教育の一種で、互いに顔の見えない関係とはいえ、先生と生徒はマンツーマンというのがコンセプトらしく、一人の生徒には必ず決まった先生が担当することになっています。生徒が郵送したテキストに、赤ペンで添削指導するから赤ペン先生と呼ぶのだそうです。

 ときどき、この赤ペン先生からの返事が我が家に届いていることがあります。ヒメっちの答案に丁寧にまる付けをして、ちょっとしたコメントを添えてお返事を返してくれるので、ヒメっちも赤ペン先生からの郵便物が届くと大喜びで、逸る気持ちを抑えつつ封を切っている様子を私も見てきました。

 ところが、先日返ってきた答案には、ちょっと悔しいことがあったみたいです。

 今までの赤ペン先生から返却された答案は、全部100点でした。ところが、今回の結果は、98点だったのです。2点減点されるところを残したままで、ヒメっちから赤ペン先生に郵送してしまっていたのでした。

 私は、今までヒメっちが赤ペン先生で100点ばかり取ってきたのは、ママっちがチェックしていたからだと思っていたのですが、そうではなかったらしいのです。ヒメっちが自分で解答を書き込み、自分で見直して、これで郵送するかどうかを判断していたのです。

 その結果、見直しが甘かったのか、今回は100点が取れなかったことで、ヒメっちとしてはかなり悔しい思いをすることになったんですね。

 その悔しさを忘れなければ、次はまた100点取れるよ。頑張れ。

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2009年7月16日 (木)

理想の姉弟

 三歳半となった我が家の息子、ナイトっちと、ちょうどそれくらいの年齢になったころの三年半ほど昔のヒメっち。

 当時と今では、私のライフスタイルも違っているし、子どものためにかけられる時間も変化しています。また、子ども本人が、ヒメっちひとりしかいなかった時と、初めから姉がいる環境だったナイトっちとでは、その成長過程にも大きな違いがあることは確かなこと。

 当時のヒメっちは、一番大好きなのはお父さん、とはっきり言っていました。

 そりゃあもう嬉しかったのを覚えていますが、同じことをナイトっちに聞いてみると、ナイトっちの言う家族の中で一番好きな序列は、一番がヒメっち、二番目がママっち、三番目が私なんだそうです。

 完敗でございます。

 ママっちが一番なのかと思っていたのですが、一番好きなのは姉なんですね。

 それが理想的な姉弟の姿かもしれません。

 これからも仲良くね。

 ところで、こう言われたときのヒメっちも、実はかなり嬉しかったようで、この日の夜は終始ご機嫌でナイトっちの相手をしてくれていました。

 寝るときにはナイトっちが読んで欲しいという絵本まで寝床に持ち込んで、私やママっちがよくやっている、寝る前の絵本の読み聞かせを、してあげているようでした。

 そして、ヒメっちの声が寝室から聞こえなくなったころにその場を覗いてみると、絵本を読み聞かせしているヒメっちが先にダウンして眠り込んでいたのです。ナイトっちは、それ以上ヒメっちに読み聞かせを要求するでもなく、目は開いたままで、ヒメっちの隣でおとなしくしていました。

 私の理想を超えた仲良し姉弟を、二人は目指してくれているのかもしれません。

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2009年7月15日 (水)

余計な飾り物

 自転車の後ろのカゴに「パトロール中」という札をつけて、何人かの人に普通に町の中を走ってもらうだけで、それが実際はパトロールなどしていなかったとしても、現実には犯罪を抑止する効果があるという統計データがあるのだそうです。

 その応用なのかもしれませんが、ヒメっちのランドセルには、こんなことが書かれた紙が貼られています。

「防犯ブザー携帯中」

 ヒメっちのランドセルは、それはもうピカピカの一年生が背負うのにちょうどいい、真っ赤なランドセルなんですが、そのランドセルの赤い色に大胆に横たわるように、この味気ない注意書きが据え付けてあります。

 実際ヒメっちは、防犯ブザーを持っているし、使い方も知っています。スイッチが入るとけたたましい音の出る、防犯グッズとしては最もメジャーなものです。

 でも、ランドセルにまでこんな警告を取り付けなければならないこと自体、なんだか寂しいことですよね。

 それでもやっぱり、ヒメっちを危険な目にあわせる可能性を低くできるのなら、今の時代には意味のあるものだし、必要なものだと思っています。

 子どもたちが安心して通える通学路であってほしいものです。

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2009年7月14日 (火)

西瓜注意報

 子どもたち二人、今年初めての西瓜を食べているところです。

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 これも、日曜日のことです。夕飯を食べておなかもいっぱいのところに、わざわざ別腹を作って西瓜を食べています。

 確かに甘くておいしい西瓜でした。

 日曜日はこどもの城のレストランで、ナイトっちは昨日の記事のとおり冷たいうどんを食べていたのですが、ヒメっちは握り寿司を注文していました。

 夜は、これもまたヒメっちの大好物の餃子でした。

 そして、夕飯の後に、ヒメっちは西瓜を5切れも食べたのです。一切れの大きさは大したことないものでしたが、5切れはちょっと多かったんでしょうね。

 昼も夜も大好物をおなかいっぱい食べ、日中帯は思う存分に遊び、そして最後に西瓜5切れ。疲れた体に食べすぎがよくなかったようです。

 夜中、ヒメっちは見事におなかを壊しました。

 西瓜は水分が多くて甘くて食べやすいから、ついたくさん食べたくなってしまいますが、これだって生ものです。消化にいい食材ではありません。

 翌朝にはケロっとしていましたが、食べすぎはよくないですね。特に西瓜のような果物には注意が必要です。

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2009年7月13日 (月)

うどんアンテナ

 昨日のこどもの城での、お昼ご飯のところは、写真も撮っていなかったし、簡単に書き流してしまったのですが、ひとつ、面白いことがあったので、そのお話を。

 何度も行っているこどもの城なんですが、昼食はいつも、事前にコンビニなどで買っておいたものを休憩室で食べるのがパターンでした。でも今回は、一階にあるレストランに入ってみようということになっていました。

 店の前に置いてあるメニューを見ながら、何を注文するかを考えていたときのことです。

 ナイトっちに何を食べたいか聞いてみると、「ざるうどん」と答えるのです。

 「ざるうどん」というメニューは確かにありました。ナイトっちは、メニューに書かれたものを一通り眺めた上で、自分で「ざるうどん」をリクエストしたのです。それも、「ざるそば」という料理があることは以前から知っていたようで、冷たくして食べるうどん、ということまで理解した上で言っているようでした。

 ナイトっちが実はうどんが大好きなのは、以前にファミレスに連れて行ったときにも思ったことですが、こんなにも「うどん」という食材に敏感に反応するとは思いませんでした。

 ナイトっちの頭には、うどんに反応する精巧なアンテナでもついているの?

 というより、今ふっと思ったことなんですけど、外食したときにはいつもうどんを食べたがるナイトっちですが、ナイトっちにしてみたら、うどんとは外食したときくらいしか食べられない特別な御馳走という位置づけなのでしょうか。

 だとしたら、ちょっとナイトっちが不憫に思えてきます(笑)。

 今まであまり機会がなかったけど、たまには我が家でもうどんを食べるときがあってもいいですね。

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2009年7月12日 (日)

進学して初めての「こどもの城」

 渋谷青山の「こどもの城」に、電車に乗ることを億劫がるヒメっちを半ば強引に引っ張って、ナイトっちも連れて行ってきました。

 「こどもの城」にはまた行きたいけど、電車に乗ることを思うと、遠出にブレーキがかかるヒメっちです。うまく計画すれば、乗り換えもなくいけるところなんですけど、ヒメっちの乗り物嫌いは日々増していく傾向にあるみたいで。

 実際、今回も往路では少し電車に酔ってしまったらしいです。帰りは疲れ果てて寝ているだけで済んだんですけどね。

 でも、現地についてしまえばもう、乗り物にこれ以上乗ることなど考えずに、めいっぱい遊ぶことができます。

 我が家の定番ルートは、まずは4階の音楽ルームから。

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 観客参加型のコンサートがまさに行われているところでした。後でママっちが合流してくれることになっているのですが、このときはまだ私が二人を連れていたときだったので、どうしてもナイトっちにくっついて、ヒメっちには自由に行動させることになってしまいます。

 そしたら、ヒメっちはいつの間にやらちゃっかり、演奏者のお姉さんたちの真正面の場所に座って、一緒に太鼓を叩いていました。

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 そこにナイトっちも加えてもらって、二人で演奏会に参加。後で聞いてみたら、ナイトっちはこのときの音楽会が一番楽しかったといっていました。

 屋上に上って木馬育にチャレンジ。一枚歯の下駄です。ナイトっちはまだまだ上手にできませんが、ヒメっちはもう一番難しいのでも履いて歩けるようになっていました。一番難しいのというと、下駄の歯の高さが7センチくらいになります。これを履いて、手でロープを引っ張りながら歩くというのだから、大したバランス感覚です。私はもう一段簡単なレベルのしかできませんでした。

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 ママっちも合流し、そろそろお昼ごはんを食べに行こうと言っても、ヒメっちはなかなかこの場から離れたがりませんでした。本人が一番、木馬育を操りこなせたことが嬉しかったのかもしれません。

 残念だったのは、屋上で遊べるスペースが、夏の期間だけ限定されていたことです。ナイトっちも三歳になったので、屋上の施設でも遊べるようになっているのですが、その施設が使えなくなっていました。

 食事の後、ヒメっちは三階の工作室へ。ナイトっちはママっちと一緒に、同じフロアのプレイルームで遊んでいました。

 工作大好きなヒメっちは、必ずここで工作をします。作ったものは持って帰れます。

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 今回の工作テーマは、「不思議な実」というものでした。いつもはちょっとした動きのあるものを作ることが多いのですが、今回はただ飾っておくだけのもののようです。ヒメっちが作った赤い実も、どこかにぶら下げて飾っておきたくなるような実になりました。

 この工作が終わったころが、午後2時少し前。工作室の壁一面に設置されたホワイトボードに落書きできるコーナーが、綺麗に掃除されて真っ白になる時間です。まもなく解放された真っ白なホワイトボードに、ナイトっちも一緒に好きなだけ落書きしています。なんとも気持ちよさそう。

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 十分後にはこの有様です。

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 今まではこどもの城に来たとしても、ヒメっちが幼稚園児だったので、参加できないところもありました。でも、今回は違います。

 プレイルームの奥に、小学生以上を対象としたゲームコーナーが設けられていました。ゲームといってもコンピュータを使うものではなくて、アナログなゲームばかりです。オセロは途中で飽きてしまいましたが、意外と面白かったのがこのキッカーゲーム。サッカーのゲームなんですが、相手のゴールにシュートを決めたときはなかなか爽快です。

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 でも、まともに私とヒメっちが勝負しても、これは試合になりません。ヒメっち、半分はオウンゴールで私に点数くれるし。ボールを蹴り出すときの勢いも、まだまだです。私はゴールキーパーのみ操作するというルールにして、なんとか互角といったところ。

 最後はおままごとのコーナーで、二人一緒に。このとき、近くにいた知らない子とすぐに仲良くなって、4人ほど集まって遊んでいたようです。その場でおともだちを作ってしまうというヒメっちの特技は今も健在。引っ込み思案で一人遊びのほうが好きだったという(今もそうですけど)ママっちが、感心していました。

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 ナイトっちは最初の音楽会が楽しかったと言っていましたが、ヒメっちが一番楽しかったのは、この最後のおままごとだったんだそうです。

 おままごとをしたことが楽しかったというより、新しいおともだちと一緒に遊べたことが楽しかったんだとか。なるほど、深いです。

 二人とも楽しかったと言ってくれました。ナイトっちには、「こどもの城」というキーワードをよく覚えておくように言っておきました。また行きたくなった時のために。

 いつの間にか、梅雨も明けたみたいですね。しばらく雨続きの週末でしたが、今年の夏もいよいよ本格的に始まるようです。

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2009年7月11日 (土)

おかえり、ぞうさん

 4ヶ月ほど前のこと、我が家の近所にある通称「ぞうさん公園」から、その公園のシンボルとも言えるぞうさんのすべり台が撤去されてしまったというお話を書いたことがあります。それ以来、ぞうさんのいないぞうさん公園は、実に殺風景な公園となっていました。

 この公園にぞうさんが戻ってきたんだよと、ヒメっちが私に報告してくれました。

 そういえば、私はここしばらく、この公園の脇の道を通っていなかったので、そのことにも気がつかないでいたようです。

 それなら、その戻ってきたぞうさんのすべり台を見に行こう、ということで、子どもたちを連れて公園まで行ってみました。

 いました、ぞうさん。

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 撤去される直前のぞうさんは、体中傷だらけで、塗装もあちこち剥げ落ちていて、いかにも使い古された感じがしたものですが、そのときのぞうさんと同じものなのかはわからないものの、綺麗に仕上げなおして若返ったような、でも撤去前のときと同じぞうさんが、そこにいました。

 やっぱり、そうさん公園にはこのぞうさんがいてくれないとね。

 またこれから、このすべり台のぞうさんは、町の子どもたちと毎日のように遊んでくれるみたいです。

 よく帰ってきてくれました。またこれからも、よろしくね。

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2009年7月10日 (金)

読書家少女

 近頃、我が家では見かけたことのない本が、ときどきリビングに転がっていることがあります。

 どうしたんだろう、この本。などと思っていると、タネ明かしが聞こえてきます。

 ヒメっちが、教室に置いてある本、いわゆる学級文庫から、ときどき本を借りてくるのです。

 一年生の学級文庫って、読み応えのありそうな本も置いているものなんですね。ヒメっちが借りてくる本は、料理のレシピ本だったり、クイズやなぞなぞが載っているものだったりなのですが、よく寝床で読んであげていた絵本とはかなり違います。大きめではありますが、一ページにびっしりと文字が書かれた本を、ヒメっちは読んでいるのです。

 文章の読解力も、しっかり身についているようです。

 そういえば、先月ヒメっちは、クラスの担任の先生によるお手製のものだと思いますが、小さな賞状をもらってきたことがありました。

 そこには、一ヶ月の間にたくさんの本を読んだことを称えるといった内容が書かれていました。どうやって測定したのかは知りませんが、一ヶ月に14冊の本を読んだというのです。多分、この読んだ本の冊数の多い順に何人かの児童に対して、賞状が発行されたんだろうと思われます。

 そのうち、私の全然知らなかったような知識を、ヒメっちが私の目の前で披露するようなことになるんでしょうね。

 もうそんなに遠い将来でもないような気がします。

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2009年7月 9日 (木)

数字の起源

 昨日の記事でも少し触れたように、ナイトっちがずいぶん数を数えられるようになっています。調子のいいときだと、50くらいまで、ほぼアシストなしでも数えられています。

 先月で三歳半を迎えたナイトっち、このブログを始めたばかりのころのヒメっちに、ようやく追いついてきました。

 当時、ヒメっちは数を数えるという概念をどの程度理解していたでしょう。自分では、そんなに長くは続けられなかったと思います。お風呂でカウントアップするときも、私が数えているのを聴いているだけでした。代わりに、たいていは100まで数え終わるまで、浴槽を出ないようにしていたんですけどね。

 この様子なら、ナイトっちも100まで自力で数えきるようになるまで、そんなに長くはかからないような気もします。

 考えてみれば、これはすごいことだと思うのです。何か目の前にあるものの数を、ひとつひとつ指差しながら数えているのではなく、あくまで概念の世界で、数字をひとつひとつカウントアップして、「数える」という動作を体得するのですから。やがてそのうち、10を単位にして桁が変化することなども理解するんでしょうね。それができるようになったころには、100まで数えきることもできるようになっているんだと思います。

 このような、数の基本的な概念を、その柔らかい脳が吸収していく様子を見ていると、子どもの持つ可能性の力強さを感じます。

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2009年7月 8日 (水)

お風呂で潜水

 子どもたちと風呂に入っていると、いろいろと面白いコミュニケーションが図れることがあります。

 最近我が家でよくやるのが、浴槽に浸かっている時に顔までお湯の中に浸けてしまうというもの。

 子どもたちがやるのではありません。我が家の子どもたちはむしろそんなことをするのはイヤがります。率先してやっているのは、私なのです。

 体をしっかりと温めるために、肩までは浸かるようにするというのはどこでもよくあることですが、私はそれだけだとなんとなくまだ満足できなくて、顎や口あたりてまで水面の下に沈ませることがあります。お風呂の湯温がちょうどいいと、それくらいしたくなってしまうのです。

 口を水面下てまで沈めても、鼻まで浸からなければ息もできます。でも、こんなくだらないことをしている私を見て、子どもたちはハラハラしているらしいのです。

 鼻まで浸かったらお父さんが溺れてしまうとでも思うのでしょうか。

 確かに、平日の夜に一人で入浴しているときにこれをやると、そのまま眠くなって気がついたら本当に鼻まで浴槽に浸かってしまい、浴槽のお湯を鼻から吸い込んで一人で大騒ぎしていることもよくあるのですが、子どもたちと一緒のときにそれはありません。

 私はこれを逆手にとって、子どもたちに課題を与えることがあります。

 ヒメっちの場合は九九の暗誦、ナイトっちの場合は30まで数を数えること。

 調子よくリズミカルに言えている間は私も水面上に顔を出しているのですが、子どもたちがつっかえ始めると、そのまま顔をブクブクと沈めていきます。つっかえている正解が出れば、また顔を水面上まで戻すというわけです。

 早くしないとお父さんが沈んでしまうよ、というプレッシャーを与えているつもりです。

 子どもたちは、行き詰っていた九九や数字の読み上げのことなど放り出して私に注意を促してくるので、あまり役に立つこともないんですけど。

 なかなか子どもたちが次の正解を言ってくれないときは、プレッシャーを与えるにも命がけです。

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2009年7月 7日 (火)

マイホラーハウス

 少し前に、ナイトっちと変な遊びをしたときのことを思い出しました。

 ナイトっちは、細長い紙を「く」の字にに折り、折った片側を手に持って、拳銃のつもりで遊んでいました。長めの紙があれば、それを二つに折るだけで拳銃ができるのだから、お手軽なものです。日本は銃社会にならなくても済みそうです。

 このお手製の拳銃を私に向けて撃つ真似をして見せるので、私も調子に乗って撃たれたフリをしていました。

 でもちょっと設定を追加。不気味なうめき声をあげながら銃を持つ少年に襲い掛かる怪物は、少年の「バン!」という声とともに、一撃のもとにその動きを止めるのですが、まもなく蘇生してまた少年に近づこうとする。

 つまり、撃っても撃っても死なないアンデッドモンスターっていう設定です。

 一撃食らえばすぐにその場に崩れ落ちて、しばらく動かないアンデッドモンスター。でもまたすぐに動き出してはナイトっちとの距離を詰め、そしてまた撃たれるという動作を繰り返しながら、ナイトっちの紙でできた銃は何発もの弾丸を発射していました。

 そして、私ことモンスターとナイトっちとの距離が十分縮まったところで、モンスターは急に強くなるのです。何発撃たれても、まったく倒れなくなり、少年が「バン!バン!」と何度も迎撃するも、そのたびに多少の影響をその動きに見せるだけで、モンスターはついに少年を捕まえてしまいます。

 B級のホラー映画によくある演出です。

 戦意を喪失した少年が命からがら逃げ出すと、それ以上はモンスターも襲ってくることはなくなり、自らの最後のエネルギーをそこで使い果たしたかのように、また眠りについて、物語はそこで一応終了。

 それ以上しつこくすると、ナイトっちの場合は本当に泣き出してしまうでしょうから。

 さじ加減が重要です。

 その遊びはそこで終わったのですが、それから20分ほど経って、ナイトっちが私にこんなことを聞いてきました。

「パパ、もうオバケはおしまい?」

 ナイトっちにとってみれば、ゾンビもバンパイアもからかさ小僧も全部「オバケ」になってしまうんでしょうけど、さっきの遊びをまたやりたそうにしてているのです。

 ゆっくり遊んでいる時間がなかったので、オバケはもうおしまいということにしてしまいましたが、この手の演出が好きなら、また今度時間のあるときにいろいろやってあげるからね。

 恐怖度も少し高めの設定で(笑)。

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2009年7月 6日 (月)

病人の証明

 まだ会社には行けそうにないくらい体調が戻らないので、やむを得ずもう一日だけ休む代わりに、あんまり行きたくはなかったのですが、医者に行くことにしました。やたら金ばかりかかるので、なるべく行かずに済むならそうしたかったのですが、やむを得ません。

 不思議なもので、そこで処方してもらった薬を飲んだら、数時間後にはあれだけ酷かった頭痛がだんだんと治まっていくのです。まさに私にとって必要な薬でした。

 自宅のすぐ近くにクリニックが開業したから、そこへ行ってみようというだけのものだったのですが、これが逆に良かったようです。酷い風邪をひいたときは、これからはここに来るといいのかもしれません。歩いて行ける距離だし、薬の処方が確かなら、それ以上のものを医者に求める必要もないでしょうから。もう駅前の医者まで行かなくてもよくなったのは幸いです。

 明日からは仕事にも行けそうです。

 ところで、ついにヒメっちから、こんなことを言われてしまいました。

「ヒゲくらい剃ったら?」

 そういえば、徹夜作業になった先週水曜日の朝剃ったきり、私の顔の周りのヒゲは伸び放題でした。3ミリから4ミリくらいの長さになっていたと思います。

「今は病人だから」

 などと、意味のわからない理由でごまかしておきました。5日間も剃らないままで延び放題だった無精ひげは、私を本当に病人のように見せていたでしょうから。

 ヒメっちとしては、早くいつものお父さんに戻って欲しいという気持ちがあったんでしょうね。

 でもせっかくなので、ヒメっちはそのように言いますが、明日の朝までこの無精ひげはとっておこうと思います。

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2009年7月 5日 (日)

カルタで大満足

 なかなか治らない頭痛を抱えながら、そのぼーっとした頭で、カルタ取りをしました。

 ナイトっちが、どうしてもやりたいといって、ヒメっちが以前幼稚園でもらってきたというカルタを引っ張り出してきて、自分でさっさと床の上に絵札を並べはじめたのです。

 頭が痛いときじゃなかったらそれも楽しいのですが、子どもの遊びにつきあってあげるのも親の役目。相手をすることにしました。

 読み札は私が読むのかと思ったら、ナイトっちが自分で読みたいと言い出しました。

 五十音1セット分のカルタの読み札です。なかなか全部読むのはボリュームもあったと思いますが、ナイトっち、絵札が床の上からなくなるまで、全部の読み札を一人で読み続けていました。

 この根気は立派なものです。

 でも、ナイトっちは読み札も読みたいけど、当然ながら、絵札を取りたいのです。カルタの醍醐味はそちらにあるはず。

 そこで、ナイトっちのマイルールがたくさん生まれます。

・まず、ナイトっちが読み札を読み終えるまでは、私が先に絵札を探し始めるのはダメ。
・私とナイトっちがほぼ同時に絵札に手が届いたときは、その絵札はナイトっちのもの。私の手が下になっていてもそれは関係なし。
・圧倒的に私の方が絵札を取るのが早かったときだけ、さらにジャンケンで勝てば、その絵札は私がもらえる。

 まったく、無茶苦茶なルールです。最初のうちはナイトっちにばかり絵札を取らせていて、途中から私も取るように動き出してみたら、結果的には間に合わず、手持ちの絵札の枚数はナイトっちの方が上ということになりました。

 ナイトっち、実に満足そうな顔をしていました。

 まあ、そんなナイトっちの様子を見ているのが私も楽しいからいいんだけどね。

 でもその後、カルタをかたづける段になって、一人じゃできないとダダをこねるナイトっちにはちょっと閉口しました。結局、ナイトっちがほとんど一人でかたづけてましたけどね。やればできるのにやろうとしない。

 遊びの楽しさと一緒に、おかたづけもちゃんと教えていかなくてはいけないようです。

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2009年7月 4日 (土)

おじいちゃんのトマトに舌鼓

 我ながら年をとったものだと思います。

 今までにも徹夜で仕事をしたことなどは何度もあったし、数日から一週間ほどカンヅメになったこともありました。

 今回はもともと体調が悪かったところに徹夜が重なるという、運の悪い偶然が続いたためという理由もあるのかもしれませんが、それにしてもたった一晩の徹夜で、何日も回復できないというのは、年のせいなのかもしれません。

 そんなにいい天気ではなかったのですが、せっかくの週末なのに、子どもたちに何もしてあげられることがありません。

 頭痛がだんだんひどくなっている気がします。

 ものを咀嚼するだけでも頭に響くので、流動食に近いような食事を、ママっちに作ってもらっていました。

 食卓には、湯むきしたトマトが出ていました。私の実家の父が送ってくれた無農薬のトマトです。いい具合に熟しているので、湯むきすれば歯のないお年寄りでも食べられそうなくらい柔らかくなります。

 ヒメっちは、祖父が作ってくれた野菜が大好きなんだそうです。

「京都のお爺ちゃんのトマトは、お店で買ってくるトマトよりずっとおいしい」

 などと、実家の父が聞いたら泣いて喜びそうなことを言っていました。後でそのことは、父にこっそりメールで伝えておきました。

 そろそろまた、京都への帰省のことも考え始めないといけない時期です。

 また父の畑を見せてもらえる機会があるといいなと思うのですが、結果はどうなるでしょうか。

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2009年7月 3日 (金)

長引く頭痛

 徹夜から解放されて、その日の夜は死んだように眠れるかと思っていたのですが、なかなかそうもいきませんでした。

 徹夜作業をする前から症状はあったのですが、頭が割れるように痛むのです。風邪気味で微熱も続いているというときに、無理して徹夜なんかしたら悪くするのは目に見えていますが、いつも仕事から帰った後につきまとうあの疲労感とともに私の後頭部に訪れるあの頭痛の強化バージョンみたいなのが、ひっきりなしに私を襲い続けてくれました。

 とても出社できそうにないので、とりあえず会社には連絡を入れて仕事を休むことにしました。

 横になっても、頭痛のせいで眠れない。眠れたとしてもごく浅い睡眠で、ちょっとした物音ですぐにまた目が覚める。

 こんなことの繰り返しでした。

 学校や幼稚園から帰ってきた子どもたちが、せっかくお父さんがいるから一緒に遊びたいと願ったとしても、その願いをかなえてあげることすらままなりません。

 なにしろ、立ったり座ったり、物を食べたり、場合によっては髪を触っただけでも強烈な痛みが私の頭に襲い掛かってくるのです。

 体の自由が利かないというのは、実に不便なものですね。

 でもそのおかげで、子どもたちの日常を少しは見ることができたんだから、これはこれでいいかなと思ってしまう自分がいます。

 病気というのは、その人の気持ちまで奪っていくものなんだとつくづく思います。早く良くなりたいのですが、なかなかうまくいかないものです。

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2009年7月 2日 (木)

魔の月初

 しばらく風邪気味で優れないままの体調で無理して会社に行っていたら、月の変わり目を迎えていました。

 私の職場で扱っているシステムは、月初に必ず何かしらトラブルを起こしてくれます。

 今回は、3つばかりのシステムがそれぞれ実施するバッチの締め処理が、軒並み全部途中で止まってしまうというものでした。まるで、社内のシステムが7月に入ったことをきっかけにして、一斉に反乱でも起こしたのかと思うような、SF映画のようなトラブルが発生していたのです。

 昨日は何気なく、あたりさわりのない記事を掲載していますが、実際には自宅には帰れなかったのです。

 昨夜から寝ずの作業は今日の夜まで続き、45時間ほどの連続労働時間となりました。

 システムの一斉反乱の顛末は、簡単に言えば、データベースに何年も前からの古いトランザクションデータが溜まりすぎて、ディスクを圧迫していたことが原因でした。一番古い、2006年度のデータだけ削除することで、バッチジョブは正常に動くようになりました。

 でも、システムが正常に動くようになったからといって、すぐに帰れるわけではありません。一度不整合を起こしたデータは、綿密にチェックしなければならないのです。そのため、昨日の朝から職場の外に一歩も出なかった私が開放されたのは、今日の午後7時でした。夏至を過ぎて間もないとはいえ、さすがにあたりは暗くなり始めていました。

 自宅最寄り駅で電車を降りた後、タクシーで自宅に帰ったことなど今まで一度もなかったのですが、今日ばかりはさすがにタクシーを迷わず拾っていました。それくらい、へとへとに疲れていたのです。

 帰宅した時刻が9時前だったので、子どもたちはまだ起きていました。

 二日ぶりに見る子どもたちの顔には、朝になっても私の姿がなかったことを心配してくれている様子がありました。矢継ぎ早に、ふたりで張り合うようにして、その日一日にあったことを報告してくれます。

 体調はもうポロポロですが、子どもたちが元気で出迎えてくれることだけが、何よりの救いです。

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2009年7月 1日 (水)

小学生の難題

 昨日の記事で、ちょっと真面目ぶったお話を書いたので、ついでに、先日ヒメっちとお風呂の中でしていた会話について、今日は書いてみようと思います。

 最初は、ヒメっちからのこんな質問がきっかけでした。

「ねえ、お父さん、お肉っていうのは、どうやって取って来るの?」

 京都の祖父が農業をしているから、野菜に関してはある程度理解している様子のヒメっち。魚に関しても、まだおぼろげながら漁港を見学させてもらったときのことなども覚えているようで、食べ物のいくつかについては、その始まりを十分に理解できているようなのですが、「肉」という食材に関しては、それがどこから始まってくるのか、まだよくわかっていない様子でした。

 わからないのも無理はありません。小学一年生にとっては、とてつもない難問です。

 私も、食肉用の家畜を絞めるところを直接見たことはないのですが、まだ子どものころ、何かの用で実家から車でしばらく行ったところに、牛の屠殺場があると、父から教えられたことがありました。父から教えられてすぐのときは、遠くのほうに建っているその建物は、ただの大き目の倉庫のようにしか見えなかったのですが、しばらくしてもう一度ふとその建物に目を向けると、大きな扉が全開になっていて、解体前の一頭の牛が吊り下げられている様子が見えたのです。

 子ども心に、こうやって食肉用の牛を捌いているんだと、そのときは妙に冷静に納得した記憶があります。

 ヒメっちには、できる限りの表現を用いて、その場で説明をしてあげました。

 日本人が肉を食材としている動物は、主に牛、豚、鶏で、ある程度育ったところで、殺して解体して肉にするということ。

「殺す」というキーワードが出たときは、ヒメっちは「えっ、殺すの?」と、ちょっとショックを受けたような顔をしていました。

 そう、人間は、他の生き物を殺して食べることから逃げることはできない。何をどう言い換えても、生きているものを殺していることは事実。

 何気なくしてみた質問から、そんな重たい内容に話が発展していくので、ヒメっちもちょっと戸惑っていたようです。

 でも私は、ここで最も重要なこともヒメっちに教えておくことにしました。

 だから人間は、不本意にも食べられてくれる他の生き物に対して、感謝しなければならないということ。

 地球で一番賢い生き物の人間は、他の生き物の犠牲がなければ生きていけないのだということ。

 特にその日の夕飯では、食卓にシシャモが上っていたので、その話しもしました。

 シシャモなんて特に、これから卵を産んで子どもたちを増やそうっていうまさにそのときに、卵を持っているときがシシャモの旬の時期だからと、大きな網で根こそぎ捕ってしまうのが人間のやり方。

 ヒメっちの小さな体では受け止めきれないくらいの重い話をいくつもした上で、あとはヒメっち本人に考えさせることにしました。

 時間はかかると思いますが、いつかヒメっちが、自分の考えを話してくれるときが来ると思っています。

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