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2009年3月31日 (火)

自分の机がやってきた

 今朝撮った写真です。

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 パジャマ姿のままで、ご機嫌ポーズ。昨日の夜、ヒメっちが小学校に入学するのとともに使うことになる学習机が届いたのです。

 この机でいっぱい勉強したい、などと言っています。頑張ろうね。

 国語と算数と体育が好きになれそうと言うヒメっち。実際に通学するようになるとまた、考え方も変わるのかもしれませんが、今、一週間後に控えた入学が楽しみでしょうがないと言った様子です。

 あまり時間のない私ですが、ヒメっちの勉強にはできる限りのサポートをしていきたい。

 特別勉強のできる子になってほしいとまでは思わないし、好きな教科と嫌いな教科の偏りが出てくるのも仕方のないことだと思っていますが、勉強することが楽しいものだと言うことを知ってもらいたいということだけは、強く願っているのです。

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2009年3月30日 (月)

咲いた咲いた

 幼稚園の卒園前に、園児たちは一人一人、チューリップの球根を自分の植木鉢に植え、その芽が出てくる様子などを観察していたのだそうです。花が咲く頃には、もう卒園しているため、卒園式の前日くらいに、ヒメっちはその鉢植えを持って帰ってきました。

 その鉢植えのチューリップが、ついに大輪の花を咲かせたのです。

 毎日水をあげて、日一日と少しずつその背丈を伸ばしていくチューリップが赤い蕾をつけるころになって、ヒメっちはいつ花が開くのだろうと心待ちにしていたようです。

 その花が、ついにヒメっちの目の前で美しく開いてくれたのです。

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 卒園した後に、こんな素敵なお土産を残してくれる幼稚園にも感謝しなくては。

 一輪の花も一生懸命に生きているのだということを知る、一番確かな方法ですね。

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2009年3月29日 (日)

プリキュア全部入り

 全部入りって言うと、まるでラーメンのトッピングみたいですけど、まさにそんな感じでした。

「プリキュア オールスターDX」という映画を、子どもたち二人連れて見に行ってきたのです。

 少し前に、わざわざ前売り券を買いに行ったお話を書きましたが、そのときの映画です。座席指定券との引き換えは、昨日出かけたときに、その行きがけにすませておきました。

 ナイトっちにとっては初めての映画。三人並んでスクリーンの前で、アニメ映画の鑑賞です。

 一度やってみたかったのです。まあ、今後もあるとは思うんですけどね。

 映画の内容は、想像通りでした。14人にものぼる歴代プリキュアが一斉に出てくるのですが、良くも悪くもそれだけのもの。14人にあまり偏りが出ないように構成されていたところには、製作スタッフのこだわりを感じました。それと割り切ってみれば、楽しめます。要は、映画を見に来る子どもたちが一番期待しているところに一番手がかかっているとすれば、子ども向けに特化して作られた作品だと思って見ることができるのです。

 今回もミラクルライトがついていました。前回がミラクルライト2という名前だったので、今回は3だと思っていたけど、何やら違う名前がついていました。子ども限定のこの特典、入場してすぐのところでスタッフが配布しているのを見逃すと、後からではもらえなくなってしまうらしいので、それこそ大変なことになります。

 ヒメっちもナイトっちも、このライトをそれぞれもらって、映画鑑賞の準備は万端。

 ただちょっとナイトっちにはまだ映画は早いのかなと思ったことがありました。ポップコーンを買ってあげたら、それを自分で食べきっといてなくなったといって泣くし、例のミラクルライトを自分の足元に落っことしては泣くし。一応映画館なので静かにしていないといけないという配慮はしているのか、大声を上げたりはしないのですが、何度も鑑賞中に泣かれるのには閉口しました。

 それでもまあなんとか、クライマックスでは二人ともライトを振りかざしてプリキュアにパワーを送っているつもりになって、楽しんでいたようです。

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 また見に行きたいと、映画館が明るくなった後も興奮気味の二人でした。私は疲れに行っただけみたいなものでしたけどね。

 お昼ごはんの後、帰りに少しだけ、また東映アニメーションのギャラリーにも立ち寄って、暗くなる前には帰宅。久しぶりに楽しそうにしている二人の笑顔を堪能できて、私にとっても楽しい一日でした。

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 次にこの映画館に訪れるのはいつのことだろう。そんなに先の話でもないのかもしれません。

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2009年3月28日 (土)

シンデレラ・パパ

 久しぶりに子どもたちと会話をした気がしました。

 せっかくの週末だったのですが、仕事の予定が入りそうだったのを免れることができたので、以前から古い友人が誘ってくれていたところに少し顔を出してきました。子どもたちとはその間遊ぶことはできませんが、友人と会えるチャンスもそうそうないので、子どもたちとの時間は午前中だけでしばらく中断。帰りは8時くらいになると言っておきました。

 実際に帰りついたのは8時を10分ほど過ぎてしまっていましたが、有意義な休日でした。

 ところが、8時になったら私が帰ってくると、ヒメっちがずっと待っていてくれていたらしいのです。

 一週間まともに会話のひとつもできなくて不満を抱えているのは、私だけじゃないんですね。ヒメっちもまた、私と共有できる時間を貴重なものとして捉えていてくれているようです。

 友人に会いに行ったことを公開するつもりはないけど、子どもたちにはちょっと悪いことしちゃったなあと、少し良心の呵責を感じました。

 その代わり、明日は少しは子どもたちのわがままも聞いてあげるつもりでいます。

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2009年3月27日 (金)

80時間の壁

 普通、一般的な企業は、従業員をあまり過剰に働かせすぎるのはよくないとして、残業時間には上限を設定したりなどしています。

 私が属する会社も、もちろんそういう規定はしっかりと定義しているのですが、現実そして現場の場合はそうも言っていられないケースが発生することがあります。

 今月の私がまさにそうでした。年度末に駆け込みで発生する仕事の依頼を、基本的にはすべて断らずに受領する方針を貫かざるを得ないのだとしたら、労働基準法なんて、絵に描いた餅というより、臭いものにフタのレベルに落ちてしまいます。

 月の残業の上限は80時間となっているのですが、今月は100近くいきそうです。

 先日日曜日も仕事だったので、もう長いこと子どもたちと会話をした気がしません。これだけ残業して、往復4時間以上かけて通勤していれば、そんな時間などあるはずがないのです。

 それでもなんとか、年度末に山のように積もっていた仕事を、期限までには解決させてきたのは、私の意地とプライドによるものです。

 なんとかなるものなんですね。

 でも、どうしても年度末に間に合わせなくてはならないというわけではないという仕事は、必然的にプライオリティを下げることとなります。そういう仕事が、積み残しとなって4月に持ち越されるのだから、年度が変わったからといってすぐに安定するものでもないのです。

 いつまで続くか知れぬ無限のループ。インディジョーンズが巨岩に追いかけられるように、来る日も来る日も自転車操業が続きます。

 子どもたちとの時間がまる一週間おあずけとなるのが、今の私を老け込ませるのに一番効果があるものみたいです。

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2009年3月26日 (木)

哲学娘

 幼稚園でこんな会話をしていたのでしょうか。それとも、たまに買ってあげる雑誌などに、そんな記事が載っているのでしょうか。

・生まれ変わったら男の子になりたいか、女の子になりたいか

 こんなことを、ナイトっちに聞こうとしているのです。ナイトっちには、その意味もまだよくわからないでしょうけど、ヒメっちはもう、こんなことを考えるようになってきているんですね。

 ちなみにナイトっちは、生まれ変わるなら女の子になりたいのだそうです。なぜ?

 ヒメっちは女の子になりたいと言っていました。男の子じゃスカートがはけないから、なんだそうです。

 いろんなオシャレをこれからしたいんですね。ヒメっちらしい応え方です。

 六歳の子が、「もし生まれ変わるなら」なんて仮定の話を真剣に話している様子が、私にはおかしくてなりませんでした。

 そしてもうひとつ、こんな質問。

・明日地球がなくなってしまうとしたら、何をしていたい?

 これにヒメっちは、自分自身の答えを見つけきらなかったようなのですが、どちらの質問も、子どもの発想とは思えないような哲学的な要素を含んでいます。

 本当に、一体何からそんな影響を受けて、こんなことを考えるようになったんだろう。

 謎は深まる一方です。

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2009年3月25日 (水)

トイレを一番上手に教えるのは姉

 まだ一人でトイレに行って用を足すことはできないのですが、出そうになったら誰かに先に言えるようにはなってきたナイトっち。まだ完全にオムツを外すことはできていませんが、入園までに間に合わないとしても、ほぼオムツを卒業でそうなところまで来ているようです。

 私がナイトっちを連れて外出していてオシッコしたいとなったとき、そこにたまたま小児用の小便器があると、これ幸いにと立って排尿することを教えたりもするのですが、なかなかそういう機会には恵まれません。自宅のトイレでは、小児用の便座を乗せて、座ってさせています。

 でも、ヒメっちがナイトっちのトイレの世話をしてくれるとき、自宅のトイレで立ってすることを教えてくれているようなのです。

 その様子に遭遇したのは、私が子どもたちと一緒にいる時間がほとんどないこともあって、まだ一度しかないのですが、また、ヒメっちがナイトっちのトイレの面倒を見てくれているところを監視するのも変なので、その傍には立たずに、会話だけ耳をダンボにして聞いていただけなんですけど、ヒメっち、上手に自宅のトイレで、立ってオシッコする方法を教えてくれていたようなのです。

 腰の位置がまだまだ低いナイトっちのためにまず、トイレに踏み台を持ってきてその上にナイトっちを立たせ、ズボンとパンツを下ろして立ってオシッコするところまで、上手に教えてくれていました。会話を聞いていただけですが、なんとなくわかりました。

 男の子が立ってオシッコするときのやり方なんて、よくヒメっちが知っていたものだと思ったのですが、幼稚園に通っていれば、嫌でも見ることになるのだそうです。

 幼稚園の子ども用のトイレは男女兼用です。男の子が立ってオシッコしているところなんて、全部丸見えなんだそうです。

 最初はヒメっちも、恥ずかしかったのかその事実を話そうとしてくれませんでしたが、思い切ってなぜ上手にナイトっちにオシッコのしかたを教えることができたのか、実は簡単な理由なのだということを教えてくれたとき、なるほどと感心したものです。

 子どもの世界を一番よく観察しているのは、やはりその住人自身である子どもなのです。三歳の子に親がトイレを手取り足取り教えたとしても、姉の教えかたにかなうはずなどないものなのかもしれません。

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2009年3月24日 (火)

親子でショパンを鑑賞

 音楽の大好きな私ですが、残念ながらピアノを弾くことはできません。専ら、聴くほうに専念します。

 聴くのは好きなんです。特に好きな作曲家はやっぱりショパンです。月並みと言われてしまいそうですけど。

 最近、ピアノに興味津々なヒメっち。私が、プロのピアニストが演奏するピアノ曲を聴いてみたいかと言うと、ぜひ聴いてみたいということで、古いCDを引っ張り出してきて、二人でショパンの鑑賞会となったことがあります。

 華麗なる大円舞曲、英雄ポロネーズ、夜想曲9-2、革命、子犬のワルツ、などなど。特に有名な曲をピックアップして聞かせてみました。

 ヒメっちの頭にはまだ、パッセージの速い曲 = 演奏の難しい曲、という固定観念があるみたいで、だとするとショパンの曲はほとんどそれにあてはまります。想像もつかないような指の動きが繰り出す魔法のような演奏に、しばらく聞き惚れていました。

 ヒメっちがショパンを弾くようなことが将来あるのだろうか。ショパンの中では簡単な部類に入るのだそうですが、私が一番好きな曲は夜想曲9-2です。独立した名前もついていない短い曲ですけど、あのなんとも言えない優しいメロディが好きです。ヒメっちの演奏でこの曲が聴けたら・・・。

 まだ遠い夢のような気がします。

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2009年3月23日 (月)

猫のに行きたい

 もう二週間ほど過ぎましたが、池袋のナンジャタウンに遊びに行ったときのことが、かなり強烈な記憶として、ナイトっちの頭の中に残っているようです。

 確かにこの日のナイトっちは楽しそうにしていました。普段絶対に食べられないようなお菓子やアイスをいっぱい食べて、メリーゴーランドに乗って、可愛い子猫をモデルにしたキャラクターのナジャヴとナジャミーのダンスと歌のステージを、私の肩車という特等席で鑑賞して。

 それ以来、いまだにナイトっちは、「猫のに行きたい」と言っています。

 ナンジャタウン、という名前が覚えられないんでしょうね。それで、なんとかして想いを伝える方法として、猫の(ナジャヴとナジャミーがいるところ)にまた行きたい、という表現を自分で考え出したのです。

 そうたびたび行けるところではないとしても、そこまで気に入ったところなら、また連れて行ってあげよう。

 ナイトっちも、私たちに自分の持てる能力の範囲で思っていることを伝えるために、様々な知恵を働かせようとしているようです。その創意工夫の発想力、大切にしていきたいものです。

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2009年3月22日 (日)

休日は割り増し

 貴重な日曜日だったんですが、仕事でした。本来の目的は、名古屋のデータセンターでバージョンアップ作業を完了したサーバの動作確認を、アプリの挙動を知っている者が東京で行うというだけのものです。時間にして1時間ほどで終わってしまいます。

 でもそのために、往復4時間もかけるのはあまりにも馬鹿馬鹿しい。それに、年度末を理由に絶え間なくつみあがってくる仕事をさばくためにも、他の仕事も片付けようと思っていました。

 それでも、平日よりは早く帰宅したのですが、自宅に到着した9時半には、もう子どもたちは眠ってしまっていました。

 平日には珍しいことでもなんでもないことでも、同じことが休日にあると、少しがっかり度が高いです。

 まだ当分はこんなパターンが続きそうなのですが、なんとか乗り切らなくては。

 ブログの更新が後追い気味になってしまいますが、その点ばかりはご容赦を。

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2009年3月21日 (土)

窓の向こうに

 明日は日曜日だというのに私が仕事なので、出かけられる日は今日しかありません。どこに行きたいか、子どもたちに聞いてみたら、ヒメっちが「おもちゃ王国」をリクエスト。

 年に何度も行っている場所なんですけど、子どもたちにとってはここほど楽しいところはないみたいで、前回行ったときから三ヶ月もすると、また行きたくなるものみたいです。

 何をして遊んだかは、以下の写真で。

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 加筆することがあるとすれば、行き帰りの電車の中でした。

 電車に乗っている時間だけで40分くらいあります。この移動にかかる時間だけが、子どもたちにとっては退屈極まりない時間なのですが、それはしかたのないこと。乗り物に酔いやすいヒメっちは、乗ったらなるべく寝るようにしているのですが、ナイトっちにはまだそこまで知恵を働かせることもできません。ヒメっちほど乗り物に弱いわけでもなさそうなんですけどね。

 そこで、ナイトっちが電車に乗ったときによくやるのが、車窓の外の景色を眺めることなのです。

 電車の中なので、写真を撮るのははばかられてしまうのですが、ベンチ型の座席の上に膝で座って、窓のほうに顔を向け、靴は履いたまま座席シートの外へと、靴底を上にして、いわゆる「電車座り」の体勢になります。

 電車の内側に背を向けて、窓外の景色を眺めているナイトっちの目には何が映っていたのでしょう。

 私には、電車座りのナイトっちの小さな背中が、可愛く思われてなりませんでした。

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2009年3月20日 (金)

お姉ちゃん大好き

 三連休の最後の日は仕事になってしまったので、初日の今日か明日のどちらかで子どもたちを遊びに連れ出したいところだったのですが、今日はちょっと天候が心配でした。結局、降りそうで降らなかった空は、午後になってからすっかり晴れ上がってしまい、何も心配することはなかったんですが、一日ゆっくりとすることになりました。

 せっかくの休みですが、自宅で子どもたちの様子をゆっくりと見させてもらう一日となったこの日、ナイトっちがヒメっちに、衝撃的告白をしました。

 仲良く遊んでいた二人。何を思ったのかナイトっち、遊び相手になってくれているヒメっちに抱きついて、こんなことを言いました。

「お姉ちゃん大好き」

 突然告白されてしまって、ヒメっちがむしろ、どうしていいかわからなくなっている様子でした。

 なんでもない小さな出来事ですけど、私にとってはそのひとつひとつが大切な記憶の断片となるものです。

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2009年3月19日 (木)

一日過ぎてそれぞれの想い

 卒園から一日過ぎて、私はまた一日仕事に出て遅く帰る毎日にもどってしまったわけなんですが、まだ半月以上ある入学までの間、ヒメっちがちょっとつまらなさそうです。

「もう幼稚園にも行けないんだよね」

 と、しみじみ言っていたんだそうです。

 あんなに大好きな幼稚園だっただけに、いざ卒園してしまうと、もう戻ることのない大きな通過点をひとつ、通り過ぎたという現実が、ヒメっちを大人にしていくもののようです。

 ナイトっちが交代で春から入園することになっているので、今幼稚園を一番楽しみにしているのはナイトっちなのかもしれません。いつまで待てばいいのか、そのあたりの具体的なことは何もまだイメージできていないようなんですけどね。

 そして、ナイトっちの入園があるから、幼稚園が身近なものではなくなったということを一番実感していない人が、ママっちです。早速次は、ナイトっちの幼稚園での生活が始まるので、現実主義になるものらしい。昨日の卒園式で、卒園生の下にはもう子どものいないママさんたちが寂しそうにしていたのを見ても、その実感がなかなかママっちには出てこないんだとか。

 私はどうなのかというと、やっぱり幼稚園児だったヒメっちが過去に行ってしまったことについては、ちょっと寂しさを覚えます。ここから先は、ナイトっちがその代わりを務めてくれるのだから、そちらに考えをシフトさせなくてはと思いつつも、幼稚園で生き生きとしていたヒメっちの表情がまだまだ頭から離れようとしないんですよね。同じことが、ナイトっちにも待っているのだから、これからはナイトっちの幼稚園生活を保護者として楽しませてもらおうと思っています。

 そして、何より小学生としてのスタートを切るヒメっちの新しい生活にも、もちろん期待しているのです。

 節目って、重たいものですね。

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2009年3月18日 (水)

幼稚園を後にして

 とうとうこの日がやってきてしまいました。今日はヒメっちの卒園式です。

 職場にはちょっと無理を言いました。午後からは出社するということで、午前中だけ時間を作り、家族四人で、ヒメっちの幼稚園としては最後の登園です。

 このブログでも触れたことのある、最近の卒業ソングとしては定番となりつつある「ビリーブ」という歌を、卒園生たちが歌ってくれました。年少のときの歌とは違いますね。元気のよさは変わらないまま、しっかりと歌になって聞こえてきます。歌詞も十分に聞き取れます。園児たちにはまだ難しい歌詞じゃないかと思うのですが、この歌が何を表現しようとしているか、なぜ卒園式で歌うのか、なんとなくでもわかっているのかもしれません。

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 卒園生全員で70名くらいでしょうか。二人の担任の先生が、それぞれ自分の受け持ちのクラスの園児の名をひとりひとり呼び、園児たちは修了証を園長先生から受け取ります。担任の先生は、子どもたちひとりひとりに、点呼のときに短いメッセージを添えていました。二人の先生がそれぞれ、三十数名分のメッセージを、ひとりひとりに向けて考えてくれていたのです。手の込んだ卒園式です。

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 先生のメッセージ。

「おともだちに折り紙などを教えてあげるのがとても上手でしたね。丁寧で優しくわかりやすいと頼りにされていて、クラスのお姉さん的存在でした。」

 幼稚園の先生という職業は、子どもの長所を見定めるプロなんですね。

 式典が終わった後にはまだ、子どもたちを教室に戻して、そこでももう少しお話があったのですが、残念ながら私はここで時間切れ。仕事に向かわなくてはならない時間となりました。

 一足先に幼稚園を後にして、この三年間でヒメっちが見違えるように成長してくれたことを思い出していました。

 ぶかぶかだったはずの園服は、ずいぶんと小さくなりました。帽子ももう、被るというより、頭に乗っけるのがせいぜい。

 逆上がりだってできるようになったし、自転車だって急な坂道をブレーキを調整しながら乗りこなしています。

 入園前にすでに字を覚え始めていたヒメっちは、今では簡単な漢字の書き取りができるようにまでなっています。

 ヒメっちが生まれてから今までの時間の半分を占める幼稚園での生活。そりゃあ、大きくもなりますよね。

 来月にはナイトっちが入れ替わりに入園するので、まだあと三年はお世話になる幼稚園なんですが、今までと同じくらい、これからもいろいろなことがあるんだろうなあ。

 体いっぱいに希望を満ち溢れさせたヒメっちが、一番まぶしく見えた一日でした。

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2009年3月17日 (火)

老いた象の退役

 郊外の住宅地区のとあるマンションに住んでいる我が家のそばには、小規模な公園があちこちにあります。遊ばせていてももったいない土地を活用するのに、公園にしていくつか遊具を置いて、といったことはどこの町にもあるものなんでしょうけど、我が家でも近所のあちこちに公園があるので、子どもたちを遊ばせるのによくお世話になります。

 自宅から歩いてほどなくしたところに、よくヒメっちが小さいころに行きたがった公園があります。砂場とブランコが二台と、すべり台があるだけの、キャッチボールをするほどのスペースもないような狭い公園ですが、ヒメっちはこの公園が大好きでした。

 この公園のシンボルとも言える、ぞうさんのすべり台。我が家ではこの公園のことを勝手に、ぞうさん公園、と名づけて呼んでいました。

 ところが、まだ最近のことだと思うのですが、いつのまにかこの、ぞうさんのすべり台が、公園から姿を消していました。

 ぞうさんがあったと思われる場所も綺麗に均されて、正確にはどのあたりにすべり台があったのかもわからなくなってしまっています。

 多分、老朽化のために撤去されてしまったんでしょうけど、今までそこにあるのが当たり前にしか思っていなかったぞうさんのすべり台が、いざなくなってしまうと、公園全体が寂れ果てたように味気ない風景に思えてしまいます。

 三角形の変な形をした目がついていて、黒いはずの瞳は一部色が剥げ落ちていて、鼻のところがよちよち歩きの子どもでも遊べるくらいに緩やかな傾斜のすべり台になっていた、やさしそうなぞうさんでした。

 今どこにいるんだろう。あまりにも変わり果てた姿をしていたら、どこかで偶然再会することがあったとしても、私たちは気がつくことすらないのかもしれませんが、このぞうさんから与えてもらった子どもたちの笑顔は、今も私の記憶の中に残り続けています。

 私たちがこの町に引っ越したときにはもう公園の主のようにそこにいたぞうさん。何年子どもたちと一緒に遊んでくれたのか知る由もありませんが、退役したのであれば、これからはゆっくりとしてください。

 また、この公園に遊びに来ます。

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2009年3月16日 (月)

中国訛り

 私は仕事柄、外国のIT技術者と接触することもよくあるのですが、その多くがインドや中国から日本にやってきた人たちです。最近ではインドも中国も、徐々にギャラの要求が高まりだしてきて、採算に合わないから使えないといったケースもでてきているようで、そのターゲットはマレーシアやシンガポールなどの、後発ながらIT先進国への仲間入りに積極的な国へと移り変わりつつあるようなのですが、現場レベルではまだまだ、中国の技術者を見かけることが多いです。

 現場の主観でいくと、私個人としてはあまり海外の技術者を使うことには賛成できないことも多いんですけどね。費用対効果はあるんでしょうけど、日常的に立ちはだかる言葉の壁というものは、思いのほか高く、厚いものです。

 中国の技術者と日本語で会話していてよく思うのが、中国特有の訛りが日本語の中に現れるということです。英語がベースのインドの技術者にはない、中国出身の技術者にだけ現れる訛りの傾向というものが、たくさんあります。

 全体のイントネーションなどももちろんそうなんですが、わかりやすいところでは、形容詞と名詞が続くときに、その間に「の」が入るという特徴が、中国の人の場合にだけよく現れます。

 たとえば、「サイズが大きいのデータ」、「日付が新しいのファイル」などといった具合。不必要に「の」の一字を加えて話している様子を見て、この人も中国から来たんだなと再認識したり、場合によってはソースコードに書かれたコメント行にこんな特徴が現れるのを見て、そのシステムが、中国の会社でソースコードが書かれたものだとわかってしまったりするのです。

 不思議なことに、今我が家の中で物凄いスピードで言葉を吸収しているナイトっちの発するセリフの中に、なぜかこの中国訛りの傾向が出ることがあるのです。

 形容詞と名詞の間に「の」を入れて話すナイトっちを見るたび、中国の会社に発注して余計な苦労を強いられたことを思い出したりします。

 逼迫したスケジュールの中では言葉の壁に悩まされる外国人技術者との会話のギャップのちょっとした問題にもイライラしたりすることがあるのですが、ナイトっちのそれはまさに発展途上を意味するもので、ここまでおしゃべりになってくれたナイトっちの成長を、実にほほえましく思います。

 機会は限られるものの、ナイトっちの言葉の成長を、ひとつひとつ確認していきたいと思っています。

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2009年3月15日 (日)

休日の父のこだわり

 この土日は両方とも仕事を休めたわけなんですが、平日はとにかく夜遅くなる毎日で、満足に子どもたちと接する時間もありません。また、激務続きで体はもうクタクタになる毎日です。今の常駐先で年度末迎えるのは初めてのことですが、毎年こんなものなのかもしれません。

 昨日の池袋からの帰りに、途中で電車を降りて映画館に寄って、前売りチケットを買いに行くつもりでいたのですが、子どもたちが電車に乗ってすぐ、二人とも眠ってしまったため、ママっちに二人とも預けることもできず、チケットを買いに行くのをあきらめることとなりました。

 何の映画かというと、一週間後に上映開始を控えている「プリキュアオールスターズ」です。ヒメっちはもちろん、なぜかナイトっちまで見に行きたいと言っていました。そこでなんとかして前売り券を買いに行くすべを探していたのですが、平日は無理だし、昨日もだめだったしで、買いに行くとするならもう今日しかそのチャンスがないといったところでした。

 チケットを買いに行くだけなんだから、私ひとりで行っても良かったのですが、それじゃなんとなく、私がつまらない。できれば二人とも、どちらか一人とでもいいから、一緒に電車に乗って行きたいところでした。

 結局、お昼もかなりすぎてから、二人を連れて電車に乗ることとなりました。

 駅までは自転車で行って、10分ほど電車に乗り、下車後にまた20分ほど歩いてようやく映画館に到着。特典がもう終了していたので、それなら近所のコンビニで買ってもよかったようなものなんですが、その間子どもたちと一緒にいられた私が、わざわざ長くかけたその時間を最も楽しんでいたのかもしれません。

 ナイトっちにとっては初めての映画です。このチケットを使うときが来るのは今から数週間ほど先になるのでしょうが、二人が楽しみにしているのはそのときなのだとしても、どうしても子どもたちと一緒にいる時間を作りたくなる父親のそんな気持ちって、一般的には理解してもらえるものでしょうか。

 子どもたち二人の手を引いて歩いているときが一番幸せな私です。

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2009年3月14日 (土)

ホワイトデーはナンジャタウンで

 以前から行きたいと言っていた池袋ナンジャタウン、一年ぶりくらいに、ようやく家族みんなで行くことができました。ヒメっちのこだわりもあって、ホワイトデーにぶつけようということで、この日となったわけです。

 明日までで終わってしまうのですが、期間限定でチョコレート博覧会というイベントが企画されています。ここでぜひやってみようという話になっていたのが、チョコレートフォンデュでした。ただのフォンデュなら、溶かしたチョコレートをマグカップくらいの大きさの器に入れて、果物を用意すれば自宅でもできそうなものなんですけど、ここでやっているのは「チョコレートの噴水」なるものです。

 液状のチョコレートが流れ落ちるところに果物やマシュマロを近づけて、チョコレートフォンデュを楽しむという趣向。串に刺したイチゴとマシュマロを買って、チョコをたっぷり絡めて、近くのテーブルまで運んでいただきます。イベント終了が近いせいか、7種類のチョコフォンデュがすべて楽しめるようになっていました。

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 噴水でチョコをイチゴに絡めているところを写真に撮れなかったのが残念。とても狭くて、写真の撮れるような状態ではありませんでした。ナイトっちはちょっとまだ背が足りなくて、あまりたくさんフォンデュを楽しむことができなかったようですが、ヒメっちは堪能していた様子です。

 確かに、チョコを絡めるところは楽しいんですけど、食べてみるとこれが普通のお味。私は3つくらいいただいて、残りは全部子どもたちに食べさせました。子どもたちは食べるのも喜んでいたみたいです。

 さて、この池袋ナンジャタウン、大人同士で行くなら、いろいろなアトラクションなども楽しめるのですが、小さな子ども連れでいると、おなかがいっぱいになってしまったときに、この後どうするかでちょっと困ることになります(笑)。おいしそうなものはたくさんあるのですが、食べること以外で子どもが楽しめそうなものがあまりないのです。

 とりあえず、前回も好評だったメリーゴーランドに乗ってみました。

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 ほんとに何の変哲もない、ただのメリーゴーランドなんですけど、子どもたちにはこれがいいみたいです。外から見ている私に、一週回ってくるたびに手を振ってくれました。

 ナンジャタウンに来てまでゲームセンターに入ることもないのですが、腹ごなし代わりに「太鼓の達人」も一回だけやってみました。ナムコのテーマパークなので、ナムコといえば「太鼓の達人」ですね。いつもより難しいモードで太鼓を叩いて、ちょっと骨のあるゲームでもなんとかクリアできて、たった一回で満足してしまう二人です。

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 この後はアイスクリームシティで4人とも味の違うソフトクリームを食べ、もう一度チョコレート博覧会に戻ってお土産用にチョコレートをたくさんゲットして、そろそろ帰ろうかというところでナジャヴとナジャミーのミニコンサートにばったり遭遇。ナンジャタウンのマスコットが歌う、アニメソングのコンサートでした。選曲が、「キューティーハニー(倖田來未ver)」、「ドラゴンボール」、「タッチ」、「ルパン三世」、「ドラえもん(旧)」、「ちびまる子ちゃん」と、ターゲットのよくわからないものになっていましたが、ヒメっちは知っている歌もいくつかあったので楽しかったようです。

 ナジャヴとナジャミー、二人ともダンスは上手なんですけど、歌はねえ・・・。

 まあいいです。子どもたちが楽しかったのなら。

 帰宅した頃にはもう暗くなっていましたが、久しぶりに楽しいところに家族みんなで来られて、私もママっちも子どもたちも、みんな楽しく過ごすことのできた一日でした。

 今度は餃子も食べに行こうかな。

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2009年3月13日 (金)

卒園より少し早く

 幼稚園の卒園式は、来週の18日です。私が見に行けるのかどうかは、仕事との兼ね合いで非常に微妙なところなんですが、今のところはまだ、見に行くつもりでいます。たとえ、午後から出社することになるとしても。

 ところで、卒園式より少し先に、ヒメっちが毎週金曜日に参加していた、幼稚園のスポーツクラブの終了証をもらってきました。プラスチック製ですが、なかなか立派な楯も一緒です。

 毎週金曜日、ヒメっちはくたくたになっていました。このスポーツクラブ、疲れはするけど、参加していてとても楽しいんだそうです。体操したり、幼稚園の体育遊びの延長みたいな内容のはずなので、そんなに変わったことをするはずはないのですが、ヒメっちは毎週金曜日が来るのを楽しみにしていました。

 ついにそのスポーツクラブも、全過程を終了して、もう後は卒園を待つのみです。

 小学校に行ってしまうと、このスポーツクラブに代わるものが今のところありません。ヒメっちは、また何かスポーツ関係のがいいようなことを言っていたことがありましたが、何か考えてあげないといけないかな。

 私としては、ヒメっちがスポーツが好きならそれでもいいけど、できれば楽器を習わせてあげたいんですよね。月謝はスポーツ以上に高くつきそうですけど。

 何かいい案はないものか。

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2009年3月12日 (木)

女装願望?

 先日、子どもたちに一冊ずつ、幼児向けの雑誌を買ってあげました。雑誌の裏表紙にはたいてい、何らかの広告が載っています。多分、その雑誌で一番高額な広告スペースなんでしょう。

 ナイトっちが、自分の雑誌の裏表紙を私に見せて、「これ買ってほしい」と言ってきました。

 何だろうと思ってみてみると、看護師さんのなりきりグッズ7点セットでした。メーカーやキャラクターは失念。小道具などもいろいろそろっている中、ナイトっちにそのおもちゃを欲しいと思わせたのは、ピンク色のナース服でした。ヒメっちくらいの年の子がモデルになって、その衣装を可愛く着ていました。

「これ、可愛いから欲しい」んだそうな。

 確かにナイトっち、趣味嗜好がちょっとだけ女の子向けに偏っている印象を受けることもあります。日曜日の朝のアニメで一番好きなのは間違いなくプリキュアだし。今のところは、ヒメっちの影響があるものと思っていますけど。

 女の子向けのアニメが好きなのはまだいいとしても、女の子向けのおもちゃを欲しがるのはどうかと思うぞ。

 ただの女好きになるだけなら、それもよしとしよう。そのうちこの傾向は、自然に矯正されていくものなんだと今は思っております。

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2009年3月11日 (水)

水曜日は特別な日

 ここ最近は、曜日など関係なく忙しければ残業になるのが当たり前で、早く帰宅できたためしなどほとんどない毎日なんですが、一応私の職場では、水曜日はノー残業デーとなっていることは、以前にもブログに書いたことがあります。私の座席のあるシステム部門では、もうあまりその恩恵にあずかれるような習慣でもないのですが、期が変わって4月になれば、少しは落ち着いてくれるのかな。

 少し前に、水曜日は残業をしないで帰ることになっている、ということをヒメっちに話したことがありました。現実がその習慣を許さなくなっている最近でも、そのことをしっかり覚えているようなのです。

 確かに今日は、出先から直帰したので少しはいつもより早く帰れました。それでも10時を過ぎていたのですが、子どもたちは二人とも起きてくれていたのです。

 私が帰宅してから一時間も経たないうちに、ヒメっちが一緒にテレビを見ながら眠ってしまい、ほどなくしてナイトっちもその後に続きました。すでに子どもにとっては、眠くてしょうがない時間だったはずなのです。

 でも、ヒメっちは、「お父さんが帰ってくるまで頑張って起きてるんだ」と言っていたんだそうです。水曜日だからとは言わなかったらしいのですが、多分、今日くらいはいつもより早く帰ってくると信じてくれていたのではないかと思うのです。

 子どもたちを睡眠不足にさせないためには、私が早めに帰るようにしなければならないのか・・・。

 ある意味これほどうれしいことはないのですが、一方で、子どもたちにまで無理させてしまっている自分の不甲斐なさを感じてしまうものです。

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2009年3月10日 (火)

雛人形から学ぶ

 書き忘れていたのですが、何日か前にあったことで思い出したことをひとつ。

 一週間ほど前まで、我が家では今年も雛人形を飾っていました。飾っていた期間が数日間くらいしかなくて、今年は私がほとんどひな祭りや雛人形の飾り付けには関与しなかったせいもあって、記事になることがなかったのですが、今月の3日くらいまではしっかり雛人形を飾っていました。

 三段飾りなので、そう大して大きなものでもなく、実にこじんまりとしした段飾りなのですが、子どもたちもこちらの言っていることがわかるようになっているからと私も少し油断していたものと思います。

 ナイトっちが、人形にイタズラしてしまったのです。

 男雛の人形が腰に佩いている剣を取り出したナイトっち、その剣を鞘から抜き出して触っているうちに、鞘に戻らなくなってしまうくらいにぐにゃりと曲げてしまったのです。

 ヒメっちがそれを見つけて、大騒ぎしていました。

 15センチくらいのその作り物の剣は、三歳の子どもの力でも簡単に変形してしまう素材でできているようでした。私が慎重にその剣の曲がり具合を伸ばしてみると、またなんとか鞘にはおさまるようになりましたが、さすがにこのときばかりは、ナイトっちも自分のやったイタズラがいけないことだと自覚したのか、しょんぼりとしていました。

 イタズラの内容によっては、開き直ってしまうことも覚えている最近のナイトっちですが、このときばかりは実に素直に「ごめんなさい」という言葉が口をついて出てきました。

 それだけ素直に謝ることができたのなら、それ以上ことを荒立ててもしょうがありません。むしろ、その素直さを褒めてあげたほうがいいくらいです。

 ナイトっちもそれ以降は、もう二度と人形を触ろうとはしませんでした。

 厳しく叱ることはなくても、ナイトっちの心はすくすくと育ってくれているもののようです。

 子どもの年中行事にも、意味があるものなんですね。

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2009年3月 9日 (月)

二倍の年齢の向こうに

 私が自分の今現在の二倍の年齢に達しているときというと、途中で事故などに巻き込まれたりせずに順調に年をとっていったとして、平均的にまだ生きているかどうか、ちょっと微妙なラインにあるものと思います。仕事からはリタイアして、孫もいて、のんびりと暮らしいているか、すでに鬼籍に入っているか、といったところ。

 21世紀も半ばを迎えたその頃の身の回りの環境の変化のことなど想像もつきません。自分自身の内面的な変化でさえ、まったく想像することなどできないと思います。

 なぜこんなことを思ったのかというと、ナイトっちが最近、こんなことを言うのです。

「早く幼稚園に行きたいなあ」

 まあ、これは普通です。実際、あと一ヶ月もしないうちに入園なのですから。本人も、近い将来のそのときのイメージが、そろそろ具体化してきているのかもしれません。

 そして、その後に、幼稚園に行きたいというのとほぼセットにして、こんなことも言うのです。

「早く小学校にも行きたい」

 これはどうなんでしょう。

 姉がちょうど、今のナイトっちが入園を待つのと同様に、小学校への入学を楽しみに待っているところを見ているからそういう影響を受けたというのは明らかなんでしょうけど、その姉の様子を、自分自身に重ねてイメージして、幼稚園にも行きたいけど小学校にも早く行きたい、などと思うものなんでしょうか。

「まずは幼稚園からだね。もうすぐ入園、楽しみだね。」

 などと、ありきたりな返答しかできないでいるのがやっとです。

 ナイトっちにしてみれば、自分の今までの人生を、ちょうど二倍の長さに延長した時期をイメージしていることになるわけです。

 この記事の冒頭に書いたように、自分の人生を二倍に延長したところをイメージしようとしてみて、ナイトっちのこの想像の内容のスケールが以下に広いかを思い知らされるような気がしています。

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2009年3月 8日 (日)

いにしえの戦争シミュレーションゲーム

 私は五歳のころに、父の手ほどきで将棋を覚えました。今はめっきり弱くなってしまいましたが、高校生くらいのころが一番強かったように思います。そのころなら、初段の詰め将棋を制限時間内に解くことがほぼできていたので、相応の強さがあったのではないかと思います。

 私の書架の奥から、古いプレイステーション用の将棋のソフトを見つけてきたヒメっちが、このゲームをやってみたいと言い出しました。ナイトっちもその傍で、わけもわからずにやってみたいと騒いでいます。

 マイナーなメーカーの、何の飾り気もない、ただ将棋をコンピュータとやるだけのゲームなので、見ててもつまらないと言ったのですが、見たい見たいと言って聞きません。

 そこでしかたなく見せてみたら、やっぱりすぐに飽きていました。

 ただ、プレステのゲームじゃなくて、本物の駒と盤を出してみると、そちらには少し興味を持ったみたいです。

 まずは、はさみ将棋をしているところ。大真面目に考えています。これも、最後までやる前に飽きちゃいましたけど。

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 他にも、山崩しとか回り将棋なども教えてみると、これくらいのシンプルな遊びが楽しいようです。回り将棋では、なぜか私の駒の方が昇格が早くて、ヒメっちに勝ってしまいそうになると、その勝ちの目を出している振り駒を無効にしてもう一度振ったりしていましたけどね。

 そうでもしないと終わらないんだもの。ヒメっち、負けると泣くので。

 初めて挑戦するゲームくらい、勝って終わりたいでしょうからね。

 このあと、本将棋にも少し挑戦してみましたが、これはまだヒメっちには早かったみたいです。駒の動かし方は理解できるけど、戦略というものになかなか頭の中で結びつかないものみたいで、相手の王を詰めることが目的、ということすら忘れているような気がします。

 歩や香車など、種類は何でもいいから、どれだけ多くの相手の駒を取ったかということに、基準があったようです。飛車を可愛がって王を見殺しにするタイプ?

 まだまだ、親子で将棋を楽しむようなレベルではないのかもしれませんが、その入り口に立つことができただけでも、今日はいい記念の日だったのかもしれません。

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2009年3月 7日 (土)

コンクリートの牢獄の中で

 今月は休日出勤が3回も予定されていて、残業が規定数をオーバーしないかどうか、早くも心配になっています。

 その、今月一回目の休日出勤が今日でした。朝の10時から夜9時半まで、珍しくいいお天気だというのに、会社に一人こもりきってがんばっていました。

 土曜出勤にならなければ、子どもたちを遊びに連れて行っていたはずです。ヒメっちが、こどもの城にまた行ってみたいと言っていました。ホワイトデーが近いので、ナンジャタウンにも行きたいところなのですが、こちらはヒメっちのこだわりで来週ということになっているので、その前哨戦としては一日遊んでいられる場所として、こどもの城あたりがうってつけなわけです。

 しばらくどこにも行っていません。せいぜいのところが児童館。子どもたちと電車に乗った記憶が、長い間ありません。

 やっと暖かくなってきたことだし、ヒメっちが小学生になる前に、できるだけ遊びに連れて行ってあげたい。

 仕事につかまって、スパイラルからなかなか抜け出せないでいると、子どもたちの顔が浮かんでくるものみたいです。

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2009年3月 6日 (金)

初春恒例の恐怖体験

 やっぱり、地球は温暖化しています。昨年は3月17日に書いていたことが、今年はもう発生してしまいました。

 ここ数年、この季節になると必ず記事にしていますが、やつらが今年も現れたのです。

 最近雨降り続きです。この日の仕事の帰りは、それほど厚着を必要としなくてもいいくらいにまで暖かくなっています。

 すると、どこからともなく出てくるんですよね。体長8センチほどの、この世のものとは思えないほどの禍々しい姿をしたあの・・・。

 そう、ヒキガエル。

 足元が悪いときに限って、しかも数匹まとめて地上に出てきます。早速、アスファルトの上で車につぶされてぺしゃんこになっているものもいます。

 顔から血の気がさーっと引いていくのを五感で感じながら、ぬかるんだ地面を足早に通り過ぎて自宅に向かいます。仕事でへとへとに疲れているはずの体で、ここまでテキパキ歩ける気力が残っているものなのかと、我ながら不思議いっぱいの思いなのですが、それは今だから言えること。

 その時ズバリの時点では、何も考えている余裕などありません。

 カエル、ほんとに怖いよ。人間と同じ脊椎動物の仲間なんですってね。うえー。

 帰宅したときには子どもたちはもう寝ていました。土産話にカエルが登場しなかっただけ、よしとしておきましょう。

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2009年3月 5日 (木)

世話焼き姫

 弟の面倒を三つほど年の離れた姉が見てくれるというのは、戦後間もないころなら否応なく必要なことだったのでしょうが、物の有り余る今の時代にも、あるとありがたいものです。

 我が家の場合、ヒメっちがナイトっちの世話をしてくれることの中で、特に助かるのが、ナイトっちのトイレの介助。

 ひとつだけ親が手伝わないといけないところもあって、トイレの便座の上に幼児用便座を乗せた後、そこにナイトっちを座らせることだけは、大人の腕力がないと難しいのですが、そこだけやってあげれば、後はナイトっちが用を足し終えるところまでしっかり見届けて、便座から下ろすこともやってくれます。

 そのとき、幼児用便座は一緒に転がり落ちるのだそうです。つまり、ヒメっちは多分、全身でナイトっちの体を抱えて、トイレの上からナイトっちを下ろそうとしているんだろうと思うのです。お尻もまだ丸出しのナイトっちを気にもしないで。

 ナイトっち、入園までにオムツが取れるかどうか、微妙な時期にさしかかってきましたが、あと一ヶ月、みんなの応援を受けて、トイレトレーニングの終盤を詰めていくことになるんでしょうね。チェックメイトまで、あと一歩です。

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2009年3月 4日 (水)

イケメンパパ

 一見したところ虫みたいなんですけど、私の似顔絵を描いてくれたんだそうです。

Img_0144

「イケメンのパパ描いたよ」

 と、得意そうに言っていました。

 君のパパはかっこよく見えているかい?

 ナイトっちのこの感性、黄金珠玉の価値を感じます。

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2009年3月 3日 (火)

車窓から見えるたくさんの人生

 京浜急行、略して京急の車内から、東を向いて窓外を眺めていると、新馬場から青物横丁の間を通るあたりで、いつも異様な光景を目にすることになります。私の朝の、いつもの通勤風景。最後に乗る電車が京急なのです。

 異様な光景とは何かというと、おびただしいほどの墓地が広がっているのです。一駅間ずっと切れ目なく続いているわけではありませんが、少し途切れたと思ったらまた道路を挟んで、その向こうにも、さらにその遠くにも、墓石や卒塔婆が無数に並んでいます。数階建ての建物なら建ってはいるのですが、その周りを取り囲むように、その建物の敷地を埋め尽くすようにまた、墓石が並んでいます。

 それこそ、駐車場にすらできないような細くてとんがった形状の土地でも、墓地にすることならできるとばかりに、奇妙に入り組んだ形の土地の端っこまで、墓石と卒塔婆が入り込んでいるところもあります。

 何度見ても、その圧巻さには目を奪われます。視界一面に広がる、所狭しと並べられた墓石たち。

 町のこの部分だけが、しかも線路の東側にだけ(西側にも若干墓地になっているところはあるようですが)、こんなに大量の墓が建てられている、その曰くについてまではわかりません。ネットでちょっと調べたくらいでは、戦災に遭わなかったことで古い日本家屋や寺院が多く残っているから、くらいのことしかわかりませんでした。

 整然と並んだ墓石は、遠目にも綺麗にしてあるように見えるので、管理は行き届いているようで、日中帯に車窓から見下ろしても不気味な印象は受けません。夜は夜で、暗くて何も見えないので、車窓から見る限りでは何もわからなくなってしまいます。

 ざっと見回しただけでも何千何万基とありそうなこの墓石を見ていると、ここに眠っている人たちは一体どれくらいいるのだろうと考えさせられます。

 何万人の人生のドラマが、最後に行き着いて時間の流れを止めたところ。

 見てくれの圧巻さだけを言うなら簡単なことですが、きっとそうではない、もっと奥の深いさまざまな意味が、この光景の向こう側には存在しているんだろうと思うと、幾重にも重なり合う人の歴史の重みを、少しは感じたりもします。

 もう少し若いころなら、たくさんのお墓が広がる光景を目にしたところで、こんなことを考えたりはしないのでしょうが、私もそれだけ年をとってきたということなんでしょうね。

 もちろん、子どもたちの成長を見届けるまでにはまだ20年くらいは必要だろうし、十分なものを残してあげられるときまでは、私自身が墓に入ることはできません。ただふっと、今から数十年を経て、21世紀も半ばに達したころ、そのころにはもしかしたら、地球上では深刻な資源不足という問題を抱えていて、いよいよ本格的な宇宙開発の時代を迎えているのかもしれませんが、すでに鬼籍に入っている私の前に、それこそもう若くはなくなった子どもたちが現れ、宇宙時代になっても昔から変化することのないしきたりを守るかのように手を合わせてくれるようなことがあるのかなと、感慨深い思いが頭の中をかすめたものですから。

 まだまだそんな思索にふけるような時期でも年齢でもありません。毎日見ているあの光景が、ちょっと私をおかしてしてしまうものなんだと思います。

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2009年3月 2日 (月)

お風呂は算数と英語の時間

 週末だけ、私は子どもたちと一緒にお風呂に入ります。目的は入浴なので、そのための手を休めることはしませんが、わりとコアな会話をするチャンスでもあります。

 今、ヒメっちにひとつの課題を与えています。卒園までに、九九を全部覚えること。これができたなら、ヒメっちが行きたいところに遊びに連れて行く約束をしています。

 ヒメっちの九九を暗記する進捗としては、一から四の段まではスラスラ、五・六・九の段は前半はもう大丈夫だけど後半になるとつっかえつっかえ、七・八は今のところほぼ未開拓、といったところです。卒園までに全部覚えるのはちょっと厳しいかな。

 学年を二つばかり飛び越えて覚えさせようとしているのだから、甘くしなくちゃいけないところもあると思っています。ヒメっち本人は、足し算も引き算も大してやりこんでいないというのにいきなり九九をやらされて、ちょっと尻込みしているようですが、ご褒美があるなら頑張ってみるつもりでいるみたいです。

 私も含めて三人分の体を洗っている間くらい、九九に時間を費やします。

 ヒメっちがお風呂でやりたいのはむしろ、英語のお勉強。最後に湯船に三人で浸かっているときは、英語クイズの時間になります。

 私が出題者で、ヒメっちが解答者。ナイトっちも果敢に参加するのですが、さすがにヒメっちと同じようにはいきません。

 でも先日、「fire engine」が何を意味する英語かと出題したら、ヒメっちよりも速く、ナイトっちが「消防車!!」と答えました。ナイトっちも、しまじろうの英語の教材をかなりやりこんでいるみたいです。

 のぼせそうになるまで、二人とも英語クイズに大真面目に取り組んでいます。

 楽しんで勉強するというのは大切なことです。家庭の中くらいは、そんな環境を提供できる場でありたいものです。

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2009年3月 1日 (日)

お弁当屋さんシミュレーション

 今日は池袋のナンジャタウンに久しぶりに行ってみようということになっていました。あと二週間ばかりとなりましたが、今行くとチョコフォンデュができるようなので、ヒメっちがまず行きたそうにしていたし、私も行ってみたかったのですが、なぜかヒメっちが、突然のドタキャン。

 昨日と同じ児童館にまた行きたいと言うのです。

 どうやら、昨日の児童館の最後のほうでやっていた工作が、時間切れでできなくなってしまったので、その続きがしたかったらしいです。池袋まで行くとなると、一時間くらいは電車に乗ったり歩いたりもあるので、それもまた乗り物に弱いヒメっちをナンジャタウンから遠ざけていたのかもしれません。

 昨日のことがあるので、今回はママっちに一人で連れて行ってもらいました。実は夜にやってもいいような急ぎでもない用事しかなかったんですが、一応やりたいことがあるからと、後で行くからと適当なことを言って、三人で行って来てもらいました。

 工作室でヒメっちが工作に興じているとき、やっぱりママっちは寝てたそうですが。

 ヒメっちが工作室で、ナンジャタウンの予定をなしにしてでも二日がかりで作りたかったもの、それは、お弁当屋さんごっこに使うお弁当でした。

 工作室で自由に使ってもいい材料の中に、弁当の空き箱をきれいに洗ったものがあって、そこに紙で作ったおかずをいろいろと入れて、○○弁当と名づけたものをいっぱいこしらえてきたのです。帰宅してからも、うちの中にあるおもちゃまで足して、4種類くらいのお弁当を作っていました。

 帰宅したヒメっちのお弁当屋さんごっこにつき合わされたのは言うまでもありません。

 ヒメっちのお弁当には値段まで設定してありました。一食600円から1000円。妥当な値段です。

 飲食ビジネスに興味あり?

 それなら、なおさら近いうちにナンジャタウンに行かなくてはね。

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