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2009年2月28日 (土)

思慮分別ある三歳児

 子どもたちから児童館に行きたいとの希望が噴出。まだ小さなナイトっちは、このような施設に遊びに行くなら喜んでついてくるのですが、最近はヒメっちがどちらかというと消極的でした。でも、今回はなぜかヒメっちも行きたそうにしていたので、それなら家族みんなで行こうということに。

 到着してまずは、受付からシルバニアファミリーのおもちゃを貸し出してもらって、二人仲良く遊び始めました。ヒメっちの頭の中では、シルバニアの小さな人形たちが何やら物語を繰り広げていたのかもしれません。

 ただ、せっかく四人で児童館に来ているというのに、子どもたち二人が遊び始めた傍に座り込んで、早速舟を漕ぎ出すママっちに、私はいささか閉口していました。子どもたちを連れてくるところまではするけど、着いたらあとはもう、子どもたちを勝手に遊ばせて居眠りばかりしています。傍目にもみっともないし、どうにかならないものかと思いながら、姉の横でシルバニアを見学しているだけなのに飽きてきたナイトっちが別な部屋に行きたいと言い出したので、少なくともその光景を見なくても済むならと、ナイトっちの手を引いて未就学児用の部屋に移動してしまいました。

 寝てるだけのママっちの傍に置いていくしかないヒメっちにはちょっと申し訳ないけど、ヒメっち本人ももう慣れてるみたいです。

 児童館としてはわりと大きな施設なので、おもちゃも豊富です。ここで、空いているおもちゃを手にとってナイトっちが遊ぼうとしたところに、1歳くらいの女の子が、ナイトっちが手に取ったおもちゃを横から奪い取っていきました。たまにいます、こういう子。よその子が遊び始めたおもちゃが妙に気になるんですね。ナイトっち自身、1歳くらいのころにはあったかもしれません。

 自分よりずっと小さな子にこれから遊ぼうと思っていたおもちゃを奪われて、ナイトっちがどうするかを、私はしばらく黙って見ていました。

 少しぐらいはぐずったり、おもちゃの取り合いになったりするんじゃないかと思っていたのですが、なんとナイトっち、そのおもちゃを実に素直に、あっさりとその女の子に譲ってあげたのです。

 そんなことが三回くらい繰り返されましたが、そのたびに寛容なナイトっち。私に向けた表情はちょっと複雑そうでしたが、

「ここはぼくが我慢しなくちゃね、そうだよね、お父さん」

 と語りかけているような気がしました。

 ナイトっち、大人になってます。

 他にも空いているおもちゃならいくらでもあります。

 さりげなく別なところに誘い出して、平べったいブロックのあるところにナイトっちを連れてきました。

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 全部つなげて積み上げるのに夢中です。

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 何度か失敗も繰り返して、ついに自分の背丈ほどもあるピサの斜塔のできあがり。

 頑張ったので、たくさん褒めてあげました。

 ヒメっちたちと合流したそうにしているので、そろそろ別行動も終わりにして、ヒメっちとママっちを探してみると、二人は運動のできる部屋に移動していました。

 ここでもヒメっちは一人で遊んでいて、ママっちは部屋の隅に座って寝ています。

 私はそんなに妻に苦労をかけている夫なのだろうか。

 子どもたちはまだ遊び足りなさそうでしたが、ママっちは買い物したいからそろそろ帰りたそうにしていたので、私が二人を連れて帰ることにして、ママっちを先に帰しました。

 帰宅する途中、ミスタードーナッツで少しだけおやつを食べたりもしていたせいで、帰ったときにはもう真っ暗でした。冬至から二ヶ月経っているとはいっても、まだまだ日が落ちるのは早いですね。

 二人とも楽しかったのならそれが一番。ヒメっちの遊び相手にはほとんどなれなかったけど、またそれは別な機会に。

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2009年2月27日 (金)

天使のかくれんぼ

 私の職場の席の隣には、業界三年目くらいの若手のメンバーがいます。彼といつも、一緒に仕事をしています。

 私がたまたま自社に戻って仕事をしていたとき、彼から一本の電話がありました。

 ある作業をしたいのだけれど、先日彼の使っているPCがOSごとハングしてしまい、Windowsをクリーンインストールしてしまってから、あるデータベースに接続するための設定がわからなくなってしまっているので、私が自席で使っているPCを少しの間だけ貸してほしい、という内容でした。

 他人の使うPCの設定内容を借りるということは、そのPCへのログインパスワードを教えてくれということと同義です。あまりそういうことはセキュリティ上すべきではないのですが、しかたないのでその電話で作業を指示することにしました。

 PCの電源を入れ、教えたパスワードを入力してしばらくすると、デスクトップが表示されます。

 私は職場のPCのデスクトップでは、ヒメっちとナイトっちがかっこいい正装をしたときの写真を壁紙にしています。

 電話では相手が見ているPCの画面がどうなっているかまではわからないので、頃合を見てOSが完全に立ち上がったかどうかを確認するために、彼にこう聞きました。

「二人の天使が見えるかい?」

 ところが、私が予想していたより早くWindowsは起動を終了していて、彼は早速使いたいアプリケーションを起動してしまっていたらしいのです。

 彼はこう答えました。

「もうアプリを起動してしまったので、壁紙は隠れて見えません。」

 こんな洒落のわからない部下と仕事をしています。

 真面目なのはいいんですけどね。

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2009年2月26日 (木)

小さな日米首脳比較

 私が国の元首というものを意識するようになったのはいつごろだろうと考えてみると、多分小学校も高学年になったころだったろうと思います。それまでは、日本には総理大臣という政治の頂点に立つ人物がいるとか、アメリカには大統領という人物がいるといったようなことは、何も意識していませんでした。昭和天皇が国家元首というイメージだったかもしれません。

 恐ろしく時代錯誤な子どもでしたね(笑)。もちろん私は、戦前生まれでも尋常小学校に通っていたわけでもありません。

 今のヒメっちにしても、国家元首というイメージを正しく持っているとは思ってはいませんが、「日本の総理大臣は?」と聞かれたら「麻生太郎」、「アメリカの大統領は?」と聞かれたら「オバマ」と答えるくらいのことはできるようになっています。

 ヒメっちの記憶には、麻生太郎やオバマという人物が、どんな像を結んでいるのだろうと思います。それにしても、よくそんな名前を覚えていたものです。このあたりが、ヒメっちと子どものころの私との違いでしょうか。

 これはますます、麻生首相にもがんばってもらわないと。アメリカの大統領と比べて、日本の首相は毎年違う人になってる、なんてこと、子どもに思われちゃ最悪です。すでに外国ではそのように思われているようですが、せめて国内の子どもたちには同じことを印象づけないでほしいものです。

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2009年2月25日 (水)

あると思います

 ついこの前まで、小島よしおの「そんなの関係ねえ」が流行っていたと思っていたのに、今はもう、子どもたちにとっては小島よしおは時の人となりつつあるようで、ナイトっちが大好きな今イチオシのお笑い芸人は、天津木村のようです。

 今朝はまだ熱が残っていたナイトっち。夜になってようやくその熱も引き、元気を取り戻してからは、その熱のせいで忘れてしまったのか全然真似をしなくなりましたが、発熱する以前はよく、その天津木村の真似をしていました。

 ネタのほとんどがシモネタという天津木村。そのネタの意味もよくわからないまま、最後のきめゼリフ、「あると思います」のところだけ、ナイトっちは一生懸命に言うのです。

 舌が回っていないので、

「あーとます」

 になっていますけど。しかも、「レッドカーペット」や「IQサプリ」で競演する相手に今田耕治氏がいると、彼に必ず天津木村は「ないわ!!」と突っ込まれていますが、そこもちゃんとナイトっちは再現してくれます。

「あーとます、ないわ」

 ナイトっちの舌足らずな発言がかわいくてたまりません。それでも、ヒメっちの当時と比べると、個性的なのは少ないんですけどね。

 しかも、今のナイトっちは、気をつけて言えばもう言えるのに、気を抜くと舌が足りなくなるという微妙なお年頃のようです。

「ひまわり」を、よく「ひままり」と言っています。「今、ひままりって言った?」とつっこむと、「ひ・ま・わ・り!!」とムキになって言い返してきます。

 ごちそうさまでした、が、ごったました、になっていることもよくあります。

 ほんの短い期間なんですよね。しっかりと記録を取っておこう。

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2009年2月24日 (火)

熱は伝わる

 子どもの発熱騒ぎがようやく収束したと思っていたら、それは昨日のたった一日だけでした。

 今朝、今度はナイトっちが高熱を出していたのです。

 お医者様に見せたところ、インフルエンザB型。つい一ヶ月前、A型にかかったというのに、今度はBです。

 仕事から帰宅したときにはもう、子どもたちは眠っていましたが、ナイトっちが夜中になって起きてきました。テレビを見ている私のところに寄って来ます。

 どうも、ふと目が覚めたらママっちが隣にいないので、ふらふらする体にもかまわずに起きだしてきた様子でした。見当たらないママっちは、ちょうどお風呂に入っているところでした。

 熱のせいで筋力が落ちているのか、歩くときにブルブルと震えています。コップに1/3ほど汲んだお茶を与えてみても、そのコップが手が震えてしまって持てないようでした。

 結局、インフルエンザウィルスってやつも、一番弱くて抵抗力のない者を宿主に選ぶというのでしょうか。

 確か昨年の今くらいのころ、私は冬という季節が一番嫌いだと、ここに書いた覚えがあります。若いころは、寒いのは苦手だけど冬もまんざら悪くないと思っていました。雪の降り積もった景色は綺麗だし、まもなく訪れる春を心待ちにできる季節、という意味では、冬も悪くないなどと、ロマンチックなことも考えていたことがありました。

 でも、子どもに容赦なく病魔が襲い掛かってくる季節といえば、やはり冬なのです。病を患っていつもの元気を失った子どもの顔を見なければならない冬に、好きになれるところなどあるはずもありません。

 地球の気温が上昇しているというのなら、せめて子どもたちに降りかかる病の魔の手を緩和することくらいできないものなのか。などと、やり場のない怒りを覚えたりするくらいです。

 一日も早く、春が訪れるのを待ちわびるばかりです。

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2009年2月23日 (月)

後ろは見ないで

 仕事が昼休みになったとき、心配なので自宅に電話してみました。

 ようやく元気になった様子のヒメっちの声が、電話口からあふれ出てくるようでした。

 確か昨年も、発表会の直前に、ヒメっちは高熱を出して幼稚園を休んだような記憶があります。そのせいで、本番さながらに実施するというリハーサルには参加できなくて、ヒメっちはリハなしで本番に臨んだのでした。

 でも昨年はまだ、リハーサルに出られなかったというだけで、本番はそんなこと関係なくヒメっちはしっかりと全ての演目をこなしていたし、結果は十分なものとなってくれたわけなんですが、今年の場合は本番当日を休んでしまったわけです。

 初めて取り組んだ演劇も、見られないままに終わってしまいました。

 ヒメっち自身、口にこそ出さないけど、残念に思っているんだろうと思います。もうこれ以上、蒸し返さないようにしたほうがいいのかもしれません。

 帰宅したときにもまだ子どもたちは元気に起きていました。ちょうどお風呂に入っているところでした。お昼ごはんはお代わりまでして、二日間も病床に臥せって布団から出ようともしなかった昨日までのことが嘘のように、ヒメっちは元気になっていました。いつもの笑顔も元通り。

 もう戻ってこない発表会のことを恋しがってもしかたありません。ヒメっち本人が割り切っているのだから。一生懸命にとり組んだ召使い1の役、私は見たかったけど、気持ちを新しくして、残りわずかな幼稚園での生活を精一杯楽しんでいるヒメっちを、見届けたいと思います。

 明日からまた、幼稚園は通常通り再開します。

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2009年2月22日 (日)

そして予感は的中

 幼稚園の発表会は、ひと晩経ってもヒメっちの熱が下がらないため、欠席させることとなってしまいました。ビデオのバッテリーもチェックして、準備を万端に揃えていたというのに、最後になって意外なところでヒメっちが発表会に参加できないことになってしまい、残念でなりません。

 何より、この日に向けてずっと練習を重ねてきたヒメっちがかわいそうでした。

 一日中寝室から出てこないヒメっちなんて、今まで見たことがありません。

 十分睡眠を取ったこともあってか、元気にはなっていたんですけどね。テレビを見て笑ったりもしていたし。

 午後、ヒメっちの熱がまだ下がらなくて、そのまま布団の中で眠ってしまったのを見届けて、その隙に少しだけナイトっちを連れ出しました。最近自転車の練習も全然させてもらっていないというので、近所のスーパーまでナイトっちの自転車の練習を兼ねて子どもたちの喜びそうなお菓子でも買いに行こうと思ったのです。

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 勘を取り戻すまで、ナイトっちの自転車はかなり下手になっていました。ペダルがなかなか二周三周と円滑に回ろうとしないのです。

 それでも、スーパーでお菓子やジュースを買い込んだ後の帰り道では、平坦なところでなら連続して漕ぐこともできるようになっていたし、タイヤが側溝のフタの隙間にはまって動かなくなったときなどは、いったん降りて自転車を押したり前からひっぱったりして自分で体勢を立て直すことも覚えていました。

 明日は今日の振り替えで幼稚園はお休みになるので、ヒメっちはもう一日ゆっくり静養することができるでしょう。明日いっぱいかけて、元気を取り戻し、またナイトっちの優しい姉になってもらいたいものです。

 というのも、私とナイトっちが帰宅して、まもなく目を覚ましたヒメっちが、自分なりに姉の世話を焼こうとしてくれているナイトっちを見て、今日だけはナイトっちがお兄ちゃんみたいだね、などと口走るのを見てしまうと、ヒメっちも熱のせいで少し気弱になっているのかもしれないなどと、よけいな心配もしてしまうのです。発表会をドタキャンしてしまったことへの後ろ暗さもあったのかもしれません。

 残り一ヶ月もないヒメっちの幼稚園、この先は、走りとおしてもらいたいです。

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2009年2月21日 (土)

嫌な予感

 長い間寒いのを理由にどこにも行っていないので、予定していたところがあるにはあったのですが、どうもヒメっちが出不精になっている様子。いつも外出する時には一番に玄関まで走っていくタイプなのに、様子がおかしいと思っていたら、このときすでに予兆があったのかもしれません。

 結局、午前中はナイトっち一人を連れて、先日も行った近所の育児支援施設に行っただけでした。ヒメっちはもう、ここには小さな子しかいないので行きたがらないのですが、ナイトっちはまさに今がそこの対象年齢。何か特別なものがあるわけでもないのですが、連れて行って私が相手をしていれば十分に楽しんでくれるので、お手軽に時間をつぶせます。

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 小一時間ほどでおなかもすいてきて、図書館とタバコ屋さんに寄って帰宅。午後からはママっちが、二人を連れて少し遠くのスーパーまで行くことになっていました。そろそろ、ヒメっちの学習机を見に行きたいとのこと。

 ところが、ママっちと子どもたちが帰ってきてから、ヒメっちの様子がおかしいのです。熱を計ってみたら、38度ほどありました。毎月19日にやっているケーキの日が今月は今日になってしまい、ケーキはちゃんと準備したのに、ヒメっちは大好物のケーキを食べることにすら消極的です。

 結局ケーキは夕飯の後かなり時間を置くことで、家族全員で食べることはできましたが、なんとなく熱のあるヒメっちはずっと元気がないままでした。

 明日はヒメっちの幼稚園での最後の大きなイベント、発表会があるというのに、悪い予感のする土曜日です。

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2009年2月20日 (金)

NHKのキッズソング

 一時期はよく、度重なる不祥事を理由に受信料の調達さえままならなかったNHK。確かに、まったく見もしない番組ばかり放送しているテレビ局が、あまつさえ不祥事を繰り返したりすれば、そういうこともありうるのかもしれませんが、我が家ではよく、NHKの番組を見ます。総合ではなく、教育テレビの方なんですけど。小さな子どものいる家庭では、わりとNHK教育の視聴率はいいのかもしれません。

 それだけ、質のいい番組が多いのです。

 先日、NHK教育が送り続けてきた子ども向けの歌を集めた特別番組を放送していました。教育テレビでは珍しく、二時間の大枠です。

 ここに、NHK教育独自の歴史を刻んできた歌が、新旧織り交ぜて数えられないくらい紹介されていました。アニメソングとも違うし、古くからある童謡とも違う、子どもを対象にした、NHKならではの雰囲気と特徴を持つ歌は、ずいぶん古くから歌い継がれてきているんですね。古いVTRだと、私が生まれるよりも前の映像さえありました。モノクロで、人の動き自体もカクカクしているような、いかにも古くて擦り切れそうな映像です。

 この手の歌には、子どもが素直に聞くようになる特殊な音でも混ざっているのでしょうか。初めて聞くような歌でさえ、子どもたちは行儀よく聞いていました。さすがに二時間は長かったみたいで、途中から遊び始めましたけどね。

 むしろ、私が一番その番組を一生懸命見ていたように思います。

 私はアニメソングも童謡も好きですけど、子どもを対象にしている歌は全般的に好きみたいです。

 聞いているうちに、だんだん元気が戻ってくる気がするから不思議です。これも一種のドーピングかもしれませんが。

 でも、放っておいても、いい歌は何度でも復活するものです。子どもたちという限定された世代が中心ですが、心に残る歌は、その小さな体の中に少しずつしみつきながら歌い継がれ、子どもの心を育てていくひとつの重要な素材となっていくのかもしれません。

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2009年2月19日 (木)

関西版寝物語

 私が生まれ育ったところは京都の田舎町なので、正確には大阪とは異なる文化なのですが、やっぱりそこは関西人。特に大学の4年間は大阪に自宅から通い続けた私としては、大阪は第二のふるさとのようなものでした。

 常にボケかツッコミのどちらかを引き受けるか、どこかにオチが転がっていないかと、そんなことを考え続けていないと息が止まって死んでしまう悲しい運命を背負って生きているタイプの人種です。

 そういう文化を外から見ると、またそれはそれで異様なものに見えるらしいですね。東京の人が大阪に行くと、電車に乗っただけで、同じ車両に乗り合わせた人たちの会話が、全部上方漫才に聞こえてくるのだとか。

 我が家のヒメっちは、どちらかというと、関西弁に対する慣れや親しみは、多少なりとも普通よりは多いはずなんです。なにしろ、私の実家にいるヒメっちの祖父母や叔父叔母や従兄弟が、ヒメっちの目の前で関西弁で話しまくっていますから。普段は標準語の私も、実家の者と会話するときは、遠慮なく関西弁に戻ります。

 でもやっぱり、目の前で関西弁を聞くと、ちょっと違う印象があるらしいのです。

 そして、ヒメっちが最近、私に頻繁にリクエストするのが、寝る前の絵本を読むときに、関西弁で読んでほしいということ。

 私も調子に乗って、絵本に書かれていることをリアルタイムに関西弁に翻訳しながら読み進めたりします。

 多くの場合は、標準語とは真逆の波形をたどるイントネーションが全体を占めているのですが、たまに、関西でしか使わない言葉に、絵本に書かれている文字が化けるのも面白いようです。

 たとえば、こんな感じ。

「今日はほんとにいい天気だね」 → 「今日はほんまにええ天気やな」
「ワラの家なんて一気に吹き飛ばしてやる」 → 「ワラのうちなんかいっぺんに吹き飛ばしたるわ」

 何のお話を読んでいたのかもバレバレですけど(笑)。

 三匹の兄弟子豚と狼が関西弁になるだけで、雰囲気も変わってしまうみたいです。

 でも、途中まで逆に興奮して寝なくなっていたはずのヒメっちは、狼が煮えたぎる油を張った鍋に飛び込むより先に、コトリと眠ってしまうのです。

 無理して起きているんでしょうね。関西弁の絵本が聞きたいからなのでしょうか。

 オチがないままの関西弁の絵本ですが、ヒメっちの寝顔はいつも満足そうにしているから、それでいいのかもしれません。

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2009年2月18日 (水)

学校では教えてくれないこと

 最近の小学校では、学級委員をクラスの中で選ぶというようなことをしなくなっているのだそうですね。運動会の徒競走などでも、足の遅い子にはスタートポジジョンを前にしておくといったハンデを与えて、ゴールするときの結果になるべく差が出ないようにするのだとか。

 優劣の評価をすることが、子どもを傷つけることになるから。

 いろいろな経験を踏まえて、そのような方針ができたのかもしれませんが、子どもに競争させたり、代表者を一人話し合いの中で選ばせるといったことが、そんなに悪いことなのでしょうか。むしろ、学校の中だけが温室になってしまうことが、子どもたちの自主性や協調性を育てる上では悪い結果しか生まないのではないかという気がしています。

 よく、何か貴重な体験をしたときに、「こんな大切なこと、学校じゃ教えてくれなかった」などと言う人がいます。社会に出てもまれて実体験して初めてわかるような大切なことは確かに多いものですが、私にはそのセリフ、学校に通っていたころはただサボっていたというだけの言い訳にしか聞こえないこともよくあります。

 学校に、社会に出てから学ぶようなことまで教えてもらうことを期待しているのかと。それこそ、ただの甘ったれの戯言でしかない。まるで学校で学ぶことは大したものじゃないような言い方をしているけど、その大したものでもない学校で教わることから背を向けることしかできなかったやつが、何をわかったようなことを言っているんだろうと。

 競争を意図して避けている小学校には、それこそそんな甘えの構図を助長してしまうような大きなリスクがあるような気がしてなりません。

 ヒメっちが通うことになる自宅からすぐ近くの小学校は、どんな方針なんだろう。学校で学ぶことは、教科書に書いてあることだけじゃないと、教えてくれる学校であってもらいたいものですが。

 不安になるものですね。

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2009年2月17日 (火)

合計100キロ

 利き腕に上の子ヒメっち25キロ前後、左腕に下の子ナイトっち15キロ前後、あわせて40キロを両腕に抱えて、気合とともに立ち上がると、まだなんとか二人を同時に抱っこできるようです。これで歩いたり、長時間抱っこしたままなのは、もうさすがにキツいかもしれませんが。

 そしてそのままの姿勢で、体重計に乗ってみました。

 針はちょうど100キロを指していました。

 私一人だと60キロになるかならないかといったところで、もう20年以上体重にはほとんど変化がありません。子どもたち二人の体重を合わせると、すでに40キロを超えていることになるんでしょう。

 二人とも大きくなったねえ。最近では、ナイトっち一人を抱っこしたときでさえ、わりとずっしりとした手ごたえを感じるようになっています。

 稀に、体重が100キロあるという人の話を聞くことがありますが、その人の足にかかっている負荷は、私が子どもたちを二人ともだっこしたときの感覚なのかと思うと、私はとてもじゃないけど100キロの体重にはなれそうにありません。

 子どもたちを二人とも抱っこしたときに一時的に増える体重は、あと何キロ許されるでしょうか。

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2009年2月16日 (月)

トムとジェリー

 ネコとネズミがひたすら追いかけっこを続けるだけのアニメで、日本製のものではなくて、私が子どものころにはすでに何度も再放送されていた、20世紀の時代を掘り起こしたような古典的アニメなんですけど、今見ても面白いんですよね。

 たまたま、昨日は毎週日曜日に見ている「平成教育学院」の放送がお休みでした。それでふと、ハードディスクレコーダーの受信番組一覧をつらつら見ていたら、普段はまず見ることのないUHFの局で、「トムとジェリー」がその時間に放送されていることがわかったのです。

 子どもたちは最初、いかにも古臭い、どこかの倉庫から適当に引っ張り出してきたようにしか見えない映像に興味を示さなかったのですが、見始めて一分もしないうちに、二人とも大声上げて笑い転げていました。

 セリフをほとんど話さず、躍動感のある動きだけで笑わせる力を持ったこのアニメは、世紀をまたがろうと関係なく、いつでも子どもたちを笑顔にさせることができるんですね。私も、久しぶりに腹を抱えて笑った気がします。

 レンタルビデオ、探してみようかな。そこまでしなくても、来週の日曜日にまた放送はあるはずだから、「平成教育学院」をビデオで見ればいいのか。

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2009年2月15日 (日)

ひさしぶりの公園で

 自宅マンションのすぐ近くに、空き地のような小さな公園があるのですが、ここには大した遊具はありません。遊び道具を持ち込めばここでも十分に遊べはするのですが、昨日今日と真冬だというのに夏日の最高気温を記録するというような暖かい日が続いていたし、予報では注意報の出ていた暴風雨も東京には来そうにないくらいのいい天気だったので、少し遠くの公園に久しぶりに行ってみようということになりました。

 ヒメっちは、幼稚園にも大型の遊具はあるので、マイペースで遊んでいましたが、しばらく大型の遊具とあまり縁のなかったナイトっちが実に楽しそうでした。ブランコに揺られて前後するだけのことで、大喜びしています。

 子どもたちが屋外で夢中になって遊んでいるときの表情を、しばらく見ていなかったような気がします。自転車でものの数分で来れるような公園なのに、それすらも週末にしてやることができていなかったことに、申し訳なさを感じてしまいました。ついこの前まで、ただ寒かっただけではなく、みんな順番に風邪やインフルエンザに罹ってそれどころではなかったのも確かなんですが。

 家族のみんなが元気なのはやっぱり一番素敵なことです。また寒い日に戻ることもあるかもしれないけど、この週末の陽気は春が近いことを暗示しているものなんでしょうから、子どもたちをもう少し積極的に外に連れ出そうと思っています。

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2009年2月14日 (土)

家族へのチョコは何チョコと言うの?

 気がついたらバレンタインデー。今年は週末と重なっていたんですね。

 私はもうそんなことにも当日になるまで何も意識しなくなっていましたが、我が家にも一人、この日を大切なイベントの日と意識している子がいました。

 今年も手作りチョコを作ろうと、ヒメっちがはりきっていてくれたのです。

 キッチンにこもって、ママっちと二人でなにやら一生懸命にチョコを作っていたようです。

 今年は、幼稚園で特に仲のいい何人かのおともだちにもあげるつもりでいたようです。

 いわゆる、友チョコというやつですね。

 今年はお菓子メーカーの戦略で、「逆チョコ」なんていう言葉も生まれたようですが、生憎とそんな戦略にまんまと乗ってはあげません。ただ、本命だの義理だの自分だの友だの逆だのと、毎年いろんなパターンのチョコが、名前だけは数多く誕生するものです。

 ところで、ラッピングまでオリジナルで私とナイトっちそれぞれにヒメっちがプレゼントしてくれたこのチョコ、家族へ宛てたチョコの場合は、何チョコと言うのでしょうか。

 今年生まれた逆チョコの戦略はあまり当たらなかったようですが、お菓子メーカーが我が家をターゲットにしたいなら、家族向けのチョコとして何かいいネーミングを変え考えてみてはいかがでしょうか。

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 ネーミング次第では、我が家も乗るかもしれません。

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2009年2月13日 (金)

子ども社会の流行りもの

 私が子どものころの代表的なエレクトロニクス製品といえば、テレビとラジオくらいのものでした。一応、カセットテープレコーダーもその範囲に入るでしょうか。

 当時、ビデオデッキといえば、商品化されたものがあるにはあったと思いますが、まだまだ庶民には高嶺の花でした。私の実家にはじめてビデオデッキが来たのも、私自身が大学生になってバイト代で買ったものでした。

 子どものころ夢中になって見たアニメはたくさんありましたが、当然ながら、録画したものを見るなんて、発想自体がありません。

 そんな時代なので、新番組のアニメの主題歌をいち早く覚えて学校に来る子は、そのときだけヒーローになっていたものです。みんなまだ二~三回しか聴いたことのない歌を、テレビサイズとはいえ頭から歌える子がいると、うろ覚えでしかない子の記憶も呼び覚まされるからか、先に歌を覚えて学校に来ることがステータスのようになっていたのです。

 子どもの社会特有のトレンドリーダーのようなものです。

 考えてみれば、主題歌をアニメの本編が始まる前に流すことを習慣づけた人というのは、偉大ですね。

 当時の私も、アニメの主題歌を誰よりも早く覚えたいタチでした。そこで、新番組の主題歌が始まったら、テレビの前に正座して神経を研ぎ澄ませて、できるだけ少ない回数で覚えてしまおうとしていました。ビデオがないんだから、子どもにしてみればその主題歌の放送時間は真剣勝負だったのです。

 ところで、日曜日朝のテレビ朝日の子ども向け番組が、今まさに改変期ですね。ヒメっちが大好きなプリキュアも、新しいシリーズになってから、過去に二回すでに放送されています。

 やっぱり、ビデオがあるからなのか、ヒメっちは当時の私ほど、歌を頭に叩き込もうなどとはしていませんが、それでもやっばり、子どもの記憶力はすごい。リアルタイムな放送を二回と、ビデオでも一回か二回くらい歌を通して聞いて、それでもうほぼ歌えるようになっています。昔と比べて、今のアニメの主題歌は難しいのが多いけど、そんなことは気にもしないでのびのび歌っています。

 ワンコーラス通して覚えたなら、目の前で歌ってもらうことにしよう。

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2009年2月12日 (木)

入園を待ちわびて

 ベネッセから最近届いたおもちゃに、自分の声を録音できる絵本がありました。絵本についている赤いボタンを押しながらマイクに向かって話すと、その声が録音されて、青いボタンを押して何度でも再生して聞くことができるというものです。録音は一個しかできないので、新しい録音をすると、それまで録音されていたものは消えてしまいます。

 この絵本に向かって、ナイトっちが何やら叫んでいました。よく聞いてみると、どうやら幼稚園の名前を繰り返し口に出していたようなのです。

 もうすぐ入園。ナイトっちもよくわかっているんですね。そして、ワクワクする気持ちが抑えきれないといった感じです。

 考えてみればそれもそのはずです。生まれてから半年もたたないうちから、毎日姉の登園についていくところだけつきあわされて、姉が幼稚園の奥に喜び勇んで向かっていく様子をずっと見ているだけしかできなかったナイトっちにとって、いよいよ自分が幼稚園に通えるようになるということがどれくらい本人の心を揺り動かしているでしょうか。

 ヒメっちの卒園を見届けた後、あらためて始まるナイトっちの幼稚園生活。ヒメっちの小学校という未知の生活が始まるのとともに、ナイトっちはヒメっちの後をそっくり追いかけていくのです。姉を追い抜くようなことはないとしても、ぴったり三年の幅を開いたままで、ナイトっちはヒメっちの後ろを追いかけ続けるのです。

 私も今までの三年間、幼稚園児の親として楽しませてもらってきましたが、これがもうあとそっくり三年間残っているのだと思うと、楽しみは尽きないようです。

 三年間長かったような気もしますが、我が家と幼稚園とのかかわりも、ようやく半分まで来たということですね。残りの半分も、ナイトっちとともに楽しんでいきたいと思います。

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2009年2月11日 (水)

六歳と三歳の埋まらない溝

 午後から児童館に行こうという話になっていました。

 それを聞いて、大喜びなのがナイトっち。昼ごはんもそこそこに、早く行きたいとせきたてています。

 でも、いまひとつ気分が乗らないのがヒメっちです。もう何度も行っているし、そこにおともだちが一緒にいればまた話はぜんぜん違ったものになるんでしょうけど、一人で遊ぶか親が遊び相手になるだけでは、もうそれほど強い魅力も感じなくなっているのかもしれません。

 初めは私がナイトっちを連れて行くことにしたので、一緒に来るつもりでいたヒメっちですが、結局行かないという決断をしました。家にいるほうがいいという結論を出したようです。

 少し前までは、ナイトっちは自分の考えを出せるほど会話ができなかったし、ヒメっちも小さかったので、二人を同じ目的地に連れて行くのが当たり前のようになっていました。でもそれも、そろそろ難しくなり始めているようです。二人がそれぞれの好みを主張するようになってしまったら、どちらか一方の意見を捨てるか後回しにするか、さもなければ私とママっちが手分けして引率するより他なくなってしまいます。

 子どもたちのそれぞれに、強い自我が生まれてきているということなんだから、喜ばしいことのはずなんですけど、少しさびしい気もしてしまいます。

 ナイトっちは一人で児童館で遊べて楽しそうにしていましたけどね。幼児向けの部屋でおもちゃで遊び、工作室でおえかきして、読書コーナーで絵本を自分で読んで、短めの時間でしたが、楽しく過ごしてくれたようです。

 ナイトっちとこんな時間をすごせるのも、あと何年あるんだろう。

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2009年2月10日 (火)

英語で50まで

 小さいうちから少しでも英語の垣根をなくしておけるようにと、幼児向けの英語の教材なども与えてきたのですが、少しは成果にも結びついているみたいです。

 ヒメっちも、その真似をして遊んでいるナイトっちも、英語に対する抗体反応は出ていないし、むしろ英語が好きになっている傾向があるのもいいことだとは思うのですが、数の数え方を、ヒメっちが覚えるようになってきました。

 先日ヒメっちと一緒に入っていたお風呂で、50まで英語で数えてから浴槽を出る、ということをヒメっちが自分から言い出しました。

 そこでやらせてみたところ、40あたりからのぼせてきたのか、スピードはかなり落ちていましたが、それでも、50つまり、fiftyと言うところまでヒメっちは自力で英語でのカウントアップをやり遂げてしまいました。

 なかなかの根性です。本人曰く、90までなら同じ要領でできそうなのだとか。100、つまりone hundredがなかなか覚えられないのか、自信を持って100まで数えられると公言するにはいたらなかったようですけど。

 私の場合、11以上の数字を英語で言えるようになったのなんて、中学生になってからでした。

 ヒメっちが中学生になったころ、初老にさしかかったころの私がヒメっちから英語を教えてもらっているかもしれません。

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2009年2月 9日 (月)

フライドチキン3個をペロリ

 先週の土曜日に、昼食をケンタッキーフライドチキンまで食べに行ったときのこと。

 特にケンタッキーの好きな私とヒメっち用に、フライドチキンを5ピース注文していました。私は他にも別なものを注文していたのに対して、ヒメっちの目の前にはおなかにたまりそうなものといえばフライドポテトくらいしかなかったからなんですが、ヒメっち、5個あったうちの3個のフライドチキンを、一人で平らげてしまいました。

 私でも、3個食べるのはかなりしんどいのですが、ヒメっち、よく食べるようになったものです。

 ナイトっちはまだ、骨付きのフライドチキンより、骨なし加工をしたボンレスチキンというメニューがお好みの様子でしたが、遠からずヒメっちのような食欲を身につけるようになるんでしょうね。

 二人が思春期を迎えるころともなれば、一体どれくらい食べるようになるんだろう。

 恐ろしい気がしてきます。

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2009年2月 8日 (日)

10年早いかもしれない

 私が自宅で使っているPCには、もう何年も同じスクリーンセーバーを入れたままになっています。

 一時期、私がはまっていた「バーチャファイター4Evolution」というゲームのスクリーンセーバーです。

 これを見たヒメっちが、このゲームをやってみたいと言い出しました。長い間プレステに入れもしていないけど、確かに我が家にはそのソフトがあるのです。

 久しぶりにゲームを動かしてみたら、ヒメっちもまたはまってしまいました。昨年の夏には次の「バーチャファイター5」がゲームセンターで稼動しているし、ほぼ同時にプレステにも移植されているのですから、もう「4」はかなり古いゲームなんですけどね。

 このゲームは、1対1で一定のルールで格闘するだけのものなんですけど、複数の技を組み立ててたり、相手の出方に応じて作戦を変えたりと、実はかなり奥が深いのです。私がそんなにうまくはないだけなんですけど、上手な人を相手にすれば、コントローラをガチャガチャしてるだけでは絶対に勝てることのないゲームなんですけど、ヒメっちわりとうまいのです。

 それこそ、技の読み合いなんてしているはずがないのですが、適当にコントローラをいじくってるだけで、投げ技が綺麗に決まったりします。それはがりか、こちらから投げ技をしかけても、投げ抜けといって、自分にかけられた投げ技を無効化する操作を、ヒメっちは無意識にやっているのです。

 適当にやってるだけのヒメっちに、何度も負けました。勝った回数のほうが多かったとは思いますが、負けもそこそこありました。

 独身のころは、バーチャファイターの対戦相手になってくれる友人が周りになかなかいなくて、そういう人のいそうなところを探したりもしたことがありましたが、まさか今になって、娘と対戦することになるとは。

 時間をかけて、ゆっくりやっていきましょう。

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2009年2月 7日 (土)

大好きな人の似顔絵

 寝坊してゆっくりと起きてみたら、子どもたちが何やらにぎやかです。

 ナイトっちが、ママっちの似顔絵を描いていたらしいのです。傑作が描けたので、消してしまう前に写真を撮っておきました。

Dvc20076

 片方の目だけ塗りつぶしているのは、どういう意図があってのことでしょうか。

 でも、自分の思うように、のびのびとペンを走らせていたのは間違いないことのようです。

 少し時間を置いたころに、またナイトっち、別な絵を描いていました。今度もママっちの似顔絵。こうしてみると、ナイトっちはしょっちゅうママっちの顔を描こうとしているのかもしれません。

Dvc20078

 ナイトっちに、一番大好きな人は誰?と聞いてみたことがあります。

 お父さんとお母さんとお姉ちゃん、と答えてくれました。

 その中でも、一番大好きな人は誰?

 と聞くと、しばらく思案した後、ナイトっちはやっぱり、お母さんと答えてくれました。

 これが極めて正常な状態なんでしょうね。

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2009年2月 6日 (金)

一日独占されてみた

 ママっちにほぼ一日大切な用があったので、子どもたちを見るために休暇をもらいました。

 ヒメっちは幼稚園が終わったあと引き続きスポーツクラブへの参加があるので、それほど一緒にいる時間はなかったのですが、代わりにナイトっちとずっと二人で過ごす一日となりました。

 ヒメっちはもう行きたがらなくなってしまった、近所の公民館でほぼ毎日開催されている育児支援施設に、ナイトっち一人を連れて行ってきました。

 三ヶ月ほど、ママっちもまったく連れて行っていなかったようで、スタッフのおばさんたちが、ナイトっちが普通にしゃべるようになっていることに驚いていました。

 ナイトっちがおなかかすいて帰りたいと言い出すまで、ずっとつきっきりで遊び相手になっていました。写真は、ままごとの道具を適当に組み合わせているところです。おもちゃの食材をかたっぱしから鍋につめこんで、煮込んでいるつもり。

Dvc20077

 ママごとなんて、自宅ではまずやることはないし、やるとしてもヒメっちの遊びに付き合わされるときくらいのものなんでしょうけど、自分で全部自由に遊ぶことができるとなると、それだけで楽しめるようです。

 おなかがすいて施設を出たとき、私の顔を見上げながら、

「楽しかった」

 とニコニコしながら言ってくれたナイトっち。もともとここに連れてきたのは、ヒメっちを夕方には幼稚園に迎えに行かなければならないから遠出するわけにもいかなかったからだったんですが、本人はとっても楽しんでいたようです。

 時間が許すなら、お金のかかるところに連れて行っていたのかもしれませんが、子どもが楽しいと思うかどうかに、お金は関係ないんですよね。

 父親を独占できたことに満足そうにしてくれたナイトっちの表情が、私にとっても父親冥利に尽きる、そんな一日でした。

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2009年2月 5日 (木)

台本は読まない

 あと二週間もすると、幼稚園の最後の大きなイベント、発表会があります。

 毎年、2月下旬ころに行われる行事で、演劇や合奏など、子どもたちが一ヶ月ほど前から毎日準備してきたことを保護者の目の前で発表する、まさに本番当日が、今年ももう目の前まで迫ってきました。

 ヒメっちは、クラス全員が参加する合奏と、クラスの半分の子が参加する演劇「いばら姫」に出演する予定です。そのほかに、クラスの男の子に人気が集中するという和太鼓があるのですが、ヒメっちはこちらには参加しないということなので、私が今一番楽しみにしているのは、「いばら姫」ということになります。

 主役ではないけど、数人の召使いの中で一番セリフの多い役に当たったのだとか。主役のような華はないけど、物語の進行を握るとても大切な役だと、先生から教えられているのだそうです。

 過去に参観に言ったときの記憶では、ヒメっちの先輩たちが取り組んでいた演劇の中には、竹取物語などがありました。たっぷり30分はかかる、幼稚園児にとっては超大作です。

 今年はグリム童話の中の代表作ということになったようで、ヒメっちはその役の重要性を先生から伝え聞いたとおりに理解しているからか、セリフ覚えに毎日余念がないようです。

 自宅でも時々セリフの練習をしているようです。私は当日の楽しみに取っておきたいので、その様子を敢えて見ないようにしているんですけどね。ときどき、練習をした後の台本が、リビングの床の上に無造作に転がっていたりすることがあって、そのときも私はその台本を手に取らないようにしています。読み始めたら、ヒメっちの出番のことなどもわかってしまうかもしれませんから。

 本番は今月の22日。私にとっては召使いAが主役の「いばら姫」。当日が待ち遠しくてなりません。

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2009年2月 4日 (水)

語り草ってどんな草?

 京都の実家に住む私の父は、今でも何かきっかけあると、私の子どものころの話をしたがります。それはまあいいのですが、その中の多くを占めるのが、生まれたばかりの私がとんでもなく頭の大きな赤ん坊だったということで、これを今まで耳にタコができるくらい聞かされ続けてきたのには、いささか閉口するときがあります。

 私だけがいるところで言うのでも、「その話今までに何百回してきたの?」などと思うのですが、最近知り合ったようなつきあいの浅い人が聞いている場所でもお構いなしに、大した脈絡もなく話題に上らせたりするときがあって、

「少しは空気読めよ」

 などと思うこともしばしばでした。

 まあ、戦前生まれに言ってもしかたないことではあるのですが。

 子どものころの、自分もかすかに覚えているような、それも楽しい思い出ならいざ知らず、自分がまったく覚えてもいないようなころの話をさも面白そうにされるっていうのは、迷惑というか、ある意味非常に精神的苦痛を伴うことすらあります。

 自分に関する話題だというのに、自分だけが知らない話。

 それが、自分ひとりだけを置いてきぼりにして、話題だけが先行しているような錯覚を覚えさせるのかもしれません。

 でも、私もヒメっちに、同じようなことをしているのかもしれないと、ふと思うことがあったりもします。

 ヒメっちが今よりもっと小さいころ、やはり幼い子だから変な行動をすることもあったわけなんですが、それを語り草のようにヒメっちに聞かせようとしている自分がいます。

 今のところヒメっちは、そんな自分の昔話を面白がって聞いていますが、いずれ時期が来たときには、

「もうその話何度も聞いてるよ。いい加減しつこいよ。」

 などと思わせることもあるかもしれません。

 そうはならないようにだけは、気をつけていないといけないんでしょうね。

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2009年2月 3日 (火)

将来は宇宙戦士?

 少し前のことですが、休日のお風呂での子どもとの会話。ヒメっちはまだまだ元気いっぱいでしたが、ナイトっちが眠くなってしまい、先にお風呂に入れてしまってママっちにあずけ、ナイトっちがいなくなったところでヒメっちと二人でお風呂に入っているときのことです。

 大人になったら何になりたいのか、という話を、ヒメっちはよくします。以前からなりたいと言っているパティシエの夢は、今も変わらないみたいです。また、幼稚園のおともだちの間でも、誰が何になりたいと言っているか、ヒメっちは実にたくさん記憶しています。

 大人になったら何になる?という命題は、ヒメっちにとってはとても興味深いことなんでしょうね。

 ヒメっちの周りの男の子の間での一番人気の職業はというと、サッカー選手らしいのですが、ヒメっちのイメージの中では、野球選手もおなじくらい男の子の憧れの職業という思い込みがあるみたいです。

 ナイトっちも将来は、野球選手になりたいって言うかなあ。

 ヒメっちは、私に体を洗ってもらっているときに、そんなことを口走りました。

 でも、お風呂の中の様々な雑音が、ヒメっちのそのセリフを少し曲げて私の耳に伝えようとしていました。

 結果、私の耳には、野球選手が、宇宙戦士、と聞こえてしまったのです。

 宇宙を舞台に、スターウォーズのライトニングソードのような武器を振り回して戦っているナイトっちをふと想像してしまいました。

 もともと野球選手としか言っていないヒメっちにしてみれば、私のそんな妄想もただの他人事でしかありませんが。

 実際に宇宙に戦士が現れるように時代が来たときには、それも結局は領土や資源を奪い合うことを目的としたドロドロとした社会が背景となるものなんでしょう。SF映画のようなかっこいいものになることはないような気がします。

 武器を持つことはないとしても、様々な場面で戦わなければならないのがこれからの社会です。ナイトっちもそれを避けて生きていくことは難しいでしょうが、優しい今のナイトっちのまま、大きく成長していってほしいものだと考えさせられたものです。

 最初はただの勘違いから始まったことなんですけどね。少なくとも、宇宙戦士にはならないでもらいたい。

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2009年2月 2日 (月)

誰にでもバイバイ

 一昨日の土曜日、子どもたちを連れてスーパーまで行ったときのこと。

 たいしたものは買いませんでしたが、子どもたちが食べたいお菓子などを買っていたので、子どもたちはご機嫌でした。

 レジを通して、買ったものをカバンに入れている間、ナイトっちが意外な行動に出ました。

 すぐ近くを通ったベビーカーに乗ったナイトっちより少し小さな男の子に向かって、

「バイバイ」

 と手を振っているのです。ベビーカーを押しているその子の両親も、思わず笑い出していました。

 同じくらいの年の子に、ナイトっちは見境なく声をかけようとします。

 ヒメっちも、同じくらいのころはこんなでした。誰にでも声をかけ、遊び相手をその場で作ってすぐに仲良くなっていました。

 幼稚園を目前にして、ナイトっちもおともだちがほしいんでしょうね。

 今まではあまり、積極的におともだちを増やそうとはしてこなかった分、ヒメっちのおともだちの弟や妹と遊ぶことが多かったナイトっちですが、あと二ヵ月後にはもう、幼稚園に通っているんですね。

 ヒメっちより甘えんぼな印象の強いナイトっちですが、他の子ともうまくやっていってくれそうな気がしています。

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2009年2月 1日 (日)

ハッピーセットは卒業しよう

 インフルエンザと診断されてまだ二日目のママっち。寝室でぐったりしています。

 でも、そんなときでさえ、退屈をもてあましている子どもたちには容赦がありません。一緒に遊ぼうだの、お昼ごはんにマクドナルドに連れて行けだの、ママっちが気の毒なくらい。私も少し微熱が戻ってきてしまった感があったのですが、子どもたちを退屈させたままではじっとしているわけにもいきません。

 お出かけに連れて行く代わりに、マクドナルドまでは歩いていくこと。歩くのだから、お気に入りのサンダルじゃなく、スニーカーを履いていくこと。

 そんなルールに渋々納得させた上で、二人を連れ出すことにしました。

 ナイトっちが途中、ちょうど中間地点のあたりで「疲れた」と言って少しぐずりましたが、歩きながらしりとりをするのが今の我が家の子どもたちのお気に入りです。しりとりに付き合っていれば、自然に機嫌も元に戻ります。

 そうこうしているうちに、マクドナルドにたどり着いてしまうのです。

 注文したものは二人ともハッピーセットでした。二人とも、プチパンケーキとポテトSサイズとドリンク。ナイトっちはこれくらいのものでも十分に足りるのですが、ヒメっちのおなかはこれくらいじゃ満たされないみたいです。結局、プチパンケーキをもうひとつ注文することになりました。二個目のパンケーキさえ、ヒメっちはペースを落とすこともなく、ペロリと平らげてしまいます。

 さすがに、もうおもちゃのついたメニューじゃ物足りないんですね。今回マクドナルドに行きたがったのは、ハッピーセット目当てのヒメっちでした。なにやら、プリキュアのかわいいカードがついてくるからだとか。確かにカードをもらってご機嫌だったヒメっちですが、肝心の食事がもう物足りないみたいだし、小学校に入ると同時にハッピーセットも卒業したほうがよさそうですね。

 本人も、「まだ幼稚園だから」などと取り繕っていました。

 ところで、今回のハッピーセット、女の子向けにはプリキュアのカードでしたが、男の子向けには恐竜キングのカードがついてきました。アニメでも大活躍だったカルノタウルスのカードが入ってて、ナイトっちも大喜びです。

 これから、ヒメっちがすんなりとハッピーセットから卒業したとしても、今度はナイトっちがこだわり始める番なのかもしれません。

 姉と同じ道を、男の子なりにアレンジしてたどっていくナイトっち。まだまだ私は、子どもたちの成長の過程を楽しめそうです。

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