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2008年6月20日 (金)

時間の扉

 日曜日に幼稚園に行ったとき、園児たちの作品が壁に飾られているのを発見しました。何日か前に作った時計の工作です。完成品を展示しているものだったので、その日は見るだけになりましたが、ヒメっちのもしっかり飾られていました。

Dvc10105

 棒状のものを三角形に組み合わせて、その上から時計盤をはりつけ、針を取りつけて出来上がり。なかなかしっかりとした仕上がりです。

 3、6、9、12の数字が、実に丁寧に、きれいに書かれています。ヒメっちが自分で書いたんだそうです。

 今のところはまだ、時計が読めるとはいっても、「○時ちょうど」と「○時半」だけなんですけど、時間の感覚というものも、ヒメっちの理解の中では確実に育ってくれているようです。

 それもひとつの成長の証なので、喜ばしいことではあるのですが、一方では一抹の寂しさも覚えます。私の個人的な感傷なんですけどね。

 今はまだ、時間に縛られたりすることのほとんどないのびのびした生活を送っている時期ですが、やがてはヒメっちも、大人になるにつれて時間に縛られざるを得ないようになっていくんですよね。そうじゃなきゃ、日本で生活していくことなどできないのだから。

 壁にかけられたヒメっちが作った時計の工作が、ふと一枚の扉に見えたりもしました。この扉をくぐると、そこは時間に縛られた大人の世界。

 私の掌くらいのサイズしかないこの作品は、扉というにはまだ小さいですね。

 その扉がまだ小さすぎてくぐれないうちの「今」という時間も、大切にしないとね。

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コメント

 ヒメっちの勤勉ぶり、日々感服いたします。我が家の娘は、小1ですけど、時計は読めてないですねえ(哀)。大人になればおぼえるんでしょうけど、毎日どんな感覚で生きてるんですかね?でも、教えても覚えませんですね。

投稿 つっちぃ | 2008年6月23日 (月) 04時35分

>つっちぃさん
 ヒメっちは、時計の読み方をしまじろうのおもちゃで勝手に覚えていました。そのおもちゃが、「○時」と「○時半」しか学習できないつくりになっているから、ヒメっちもその仕様に倣うわけです。
 勤勉というか、おもちゃがたまたま良かったんだと思います。

 子どもというのは、親の期待とはまったく別なところで成長していくものですね。それがまた楽しいんですけど。

投稿 パパっち | 2008年6月23日 (月) 13時05分

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