今日の職場でのとあるミーティングの席で、会議内容がひととおり終わり、会議を閉める前に少し雑談をしていたときのこと。
現代のソフトウェアの開発で、動きさえすればそれでいいというスタンスのものなら、小学生にだって作れる。
という話題がありました。
私もまったく同じ考えでした。
私はこういうとき、よくソフトウェアとラーメンを比較して話します。
「ラーメンなんて、食えりゃそれで十分だ」
などと豪語する店主のいるラーメン店に、お金を払ってまで食べに行く客などいないというのと同じで、動けばそれでいいソフトウェア、っていう発想で納品されるアプリケーションを使うことになるクライアントがいたとしたら、それはもう気の毒な話です。
ソフトウェアというものは、動きさえすればいいというものではありません。何年も使い続けられるようにするためには、開発している段階でいろいろなことに気を使わなければならない側面がたくさんあるのです。
これを話し出すと、とてつもなく長くなるので、ここまでにしておきますが、プロが開発するソフトウェアは、動けばそれでいいというものではけっしてないということなんです。
じゃあ、プロが意識しなければならないレベルを無視して、とりあえず動けばいいだけのソフトなら、本当に子どもでも作れるものなのか、といえば、私は多分、作れると思っています。
普通のスペックのPCと、開発に必要な道具がひとそろいと、子どもをある程度上手に指導できる人がいれば、子どもでも十分、それなりのソフトウェアを作ってしまえるような時代だと考えています。
会議の最後で、私は
「子どもは究極のオタク」
と表現してみました。
時間がたっぷりとあって、大人の何倍もの吸収力のある子どもは、その気にさえなればどんな奇跡でも起こす、ということを言いたかったのですが、同意してくれる人は会議の席にもたくさんいらっしゃいました。
普通子どもは、吸収力はあるけど、浮気性で飽きっぽいから、ひとつのことにのめりこむようなことはあまりないわけです。だから、たいていの平凡な子どもの場合は、ひとつのことに抜きん出て力を発揮するようなこともないのでしょうけど、これがひとたび、時間を忘れて何かに没頭するようなことにでもなれば、大人には絶対にまねのできない結果を出してしまいかねないんですよね。
ヒメっちを見ていて、ときどきそんなことを思うことがあります。
ヒメっちがソフトウェアを開発してるってことじゃないですよ。
今日も、幼稚園の発表会の練習をずっとしていたヒメっち。布団の中で眠る直前まで、ダンスで使われる歌を歌っていました。きっと頭の中では、ダンスのステップを繰り返しイメージしているんだと思います。
今月末の発表会が楽しみです。
子どもの爆発的な吸収力に、無限にも等しい時間をかけた集中力が加われば、どんな奇跡も起こるような、そんな気がしてならないのです。
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