先月無事に誕生日を向かえ、めでたく魔の二歳児となった我が家の息子、ナイトっち。この魔の期間はそんなに長く続くものでもないだろうと、毎日手を焼きつつもその成長を楽しみにしている毎日ですが、なかなかはっきりそれとわかるような言葉は出てこないみたいです。
焦ってもしょうがないというものの、実は焦ってるのかもしれない。このブログでも何度も書いていることなんですけどね。
でも、着実に成長はしています。早くも認識できているひらがながいくつかあるし、「お母さんはどこにいる?」と聞くとちゃんとママっちのいる方を指差すようになっています。
多分、これがナイトっちが自然に必要としている時間なのでしょう。
自分から言葉で意思を伝えることはまだ難しくても、周りの人の言っていることは理解できる期間というものが、二歳くらいの幼児には一時的にあるものだということは、私自身大学生のときに一日だけやったバイトでも経験していたことを思い出しました。もう20年近くも昔の話です。
これでも学生の頃はいろいろなバイトをやったものですが、ちょっと変わったものの中で、一日だけの託児所でのアルバイトというものがありました。
大阪市内のある公民館だったと思います。ここで人形劇を催すにあたって、対象年齢より小さな子を預けておけるように、託児所が設けられていました。私の一日だけのそのときのアルバイトの内容は、その臨時の託児所で、子どもの相手をするというものでした。子どもは好きだし、特に資格の必要な仕事じゃないというから、私でもできると思って応募したのです。ちなみに、時給は500円くらいでした。
二回公演の人形劇のうち、大学の帰りに私が寄れるのは二回目の公演のときのバイトだけでした。一回目の公演のときはわりと子どももスタッフも多くいたらしいのですが、二回目は人形劇のお客も少ないので、スタッフも私ともう一人、この手の仕事にはなれた感じの女性がいただけでした。預けられている子どもも二人だけ。子ども二人にスタッフも二人なので、私とその女性とで、一人ずつ見ることになりました。
二人の子どもは、ともに二歳くらいの男の子と女の子。女性スタッフは、女の子の方がわりと扱いやすいでしょうからと、私に女の子をあずけ、自分は男の子の面倒を見ていました。
実際、その女の子はずっと眠っていたし、男の子はといえば泣き叫んでその女性スタッフを困らせてばかりで、男の子と女の子でこうも違うものかと思っていました。
私が見ることになったその女の子は、このままバイトが終わるまでずっと寝ててくれるのかなと期待していたんですけど、さすがにそれは甘かったみたいです。
しばらくしてぱっと目を覚ましたその子の視界には、見たことのない部屋の風景がひろがっています。周りには知らない男の人(私)と知らない女性、そして知らない男の子がいるだけ。
そりゃあ、それまでおとなしく眠っていた女の子だって、渾身の力を込めて泣き叫びます。
ようやく機嫌を取り戻した男の子に影響しちゃいけないと思って、私は女の子を抱っこして部屋の外に出ました。部屋を出たからといって、何かできるっていうあてがあったわけではありません。ただ、その女の子を泣きやませることしか考えていませんでした。
女の子を部屋の外であやしていると、その子はしきりに、非常出口の方を一生懸命に指差すのです。まだ何も言葉で伝えることのできない子が、精一杯とれる意思表示。
「お母さんのとこに行きたいんか?」
と、その当時はまだ関西人だった私、あてずっぽうながら、そんなふうに聞いたのを覚えています。聞いてはみたものの、その意味が伝わるとは思っていませんでした。
ところが、その女の子は泣きはらした顔のまま、はっきりと、首を縦に振ったのです。とても力強く、こくりと、真っ赤な目で私を見つめたまま。
人形劇が終わるまでにはまだ少し時間がありました。季節はちょうど今くらいの、寒い時期です。非常出口の外は寒かったけど、私はその子を抱っこして、外へと出ました。
その子は、建物の外に出たら、お母さんに会えると思っていたようなのです。私はそれで、時間を稼ぐように少しずつ、女の子を抱っこしたままで人形劇の会場まで歩いていました。会場に着いても人形劇がまだ終わってなければ、結局その子と母親を引き合わせることはできないのはわかっていましたが、女の子がお母さんに会いたがっている気持ちに答えないではいられなかったのです。
ところが、会場に着く前に、五歳くらいの男の子の手を引いた女性と出くわしました。実はこの女性が、女の子の母親だったのです。
「人形劇はまだ全部終わってなかったんですが、そろそろこの子が泣いてるんじゃないかと思って出てきました」
とはそのママさんの談。
さっきまでものすごい勢いで泣いていた女の子も、ぴたりと泣きやんでいます。
偉大なるは母の力。
言葉はなくても、伝わりあう意思というものがちゃんと存在するんだということを、そのときに知った思いがしました。
バイト料は僅かでしたが、これが私にとって一番思い出深いアルバイトなのです。
多分、今のナイトっちも、ちょうどこのときの女の子くらいの時期なんでしょうね。二歳児の前に立ちはだかる、言葉をまだうまく使いこなせないという大きな壁。でもその壁を、言葉とは無関係な意思の疎通はやすやすと通り抜けるのです。
今は私も、その壁のすぐ向こう側で、アンテナを張っていなくてはならない一人なのでしょう。大学生の短期バイトって立場じゃなく、もっと大切なポジションで。
ナイトっちの目の前の壁はまだしばらく壊れないかもしれないけど、必ず壊してきてくれるでしょうから。
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