2015年12月27日 (日)

初めてのすき焼き

 そういえば我が家では、すき焼きという料理を食べたことがありませんでした。ちょっと贅沢なくらいの一般的な料理なら、食べに行くか、自宅でも食材を準備すればなんとかなるものでしょうが、関西形式のすき焼きとなると、道具も必要になるし客に提供している飲食店もどこに行けばいいかわからないこともあって、今まで家族で食べるような機会もなかったというわけです。銀座に今半という有名なお店があって、私が社会人一年生のときに、一度だけ社費で食べに行ったことがあったことを覚えていますが、当時そのコースが一人一万五千円くらいのかなりお高くつくものだったことは間違いありません。扱う肉は近江牛だったし。

 でもよく調べてみると、特別に道具を準備したりしなくても、関西のすき焼きというと特徴的な平たくて底の浅い鍋はフライパンでも代用できるようなので、これでなんとかやってみようということになりました。

 そこでスーパーまで牛肉を買いに行ってくれたママっちでしたが、年末だったこともあるのか、主力の牛肉はほとんど売れてしまっていたらしく、残っていたのがかなりいい値段のしている肉だけになっていたんだそうです。それでもまあ、正月も近いということで、それしか手に入らないというすき焼き用の肉を買ってきてくれました。想定よりはかなり散財してしまったみたいです。

 でもやっぱり、高い肉というのは、素人の舌でもすぐにわかってしまうものなんですね。食べたときに、口の中でとけていくのがわかります。やはり、高価なだけのことはあって、実に美味しかったです。

 子どもたちもその肉を食べたときは、「むちゃくちゃうめえ」と思わず感嘆の声が出るようでした。あまり反応が強いと、親としては普段よほどいいものを食べさせていないような気がして複雑な思いがするんですけどね。

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2015年12月26日 (土)

鍵忘れる

 仕事に向かう朝、駅についたところで自宅の鍵を持っていないことに気がつきました。取りに帰っていたら仕事に間に合わなくなってしまうため、諦めてそのまま電車に乗りましたが、帰宅したときが面倒です。鍵がないとマンションのエントランスのセキュリティも解除することができません。誰か他の住人があけるところにたまたま居合わせればそのまま入ってしまうこともありますが、それがなければ自宅の番号をインターホンに入力して、中から開けてもらわなくてはならなくなります。自宅に誰もいないということはないでしょうからそれで問題はないのですが、自宅の鍵を持っていないで仕事をしていること自体が、なかなかに頼りのないものです。

 自宅の場合はそれでもいいのですが、ホテルに泊まったときなどは絶対にしないようにしないといけないでしょうね。

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2015年12月25日 (金)

熊本ってどこ?

 私の職場にいるもうすぐパパになる予定のNさんという技術者は、地理が苦手なんだそうです。

「熊本県は、東京都と青森県の間辺りにあるんですよね」などと、平然と言っていたらしいです。

 彼の日本地図はどのようになっているのだろう。都道府県の位置関係と県庁所在地くらいなら、我が家の子どもたちでも十分に答えられます。

「四国の四県は言える?」

 と誰かが聞いたときには、「徳島と、香川と、愛媛と、あとひとつ何だったかな」と、高知県がなかなか出てこない様子でした。

 私がヒントとして、「坂本竜馬」というと、

「あ、土佐ですね。」

 時代を超越した勘違いをしています。

 こんなにして職場でいじられるキャラクターの、もうすぐパパになるNさん。周囲から愛される人気者です。

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2015年12月24日 (木)

減りゆく本屋さん

 私が小学生のときのお小遣いの使い道というと、自転車で五分ほど移動したところにあった駅前の本屋さんで読みたいと思っていた本を買うことがほとんどでした。本屋のおじさんにしてみたら、毎月の月初になると本を買いにくる小学生として定着してしまっていたでしょうね。

 その懐かしい本屋さんも、今実家に帰ったとて残ってはいません。店のおじさんも今ではかなりの高齢になるので、書店を営んでいくには体力的に厳しいとなって店をたたんだか、それ以外に理由があるのかもわからないままなんですが、当時私が何度も通い続けた書店は、今ではまったく違うお店になっています。書店が店じまいしてから、何度かその場所でお店が代変わりしているのかもしれません。

 私が今の街に住むようになって十数年が経ちますが、この間に何件かあった書店がなくなっています。今や、我が家から歩いて行けるくらいの距離で営業を続けている本屋さんは三件ほどになってしまいました。相対して、新しく書店ができたという話は一度も聞いたことがありません。

 街の本屋さんといった小さな小売店は、どんどんなくなってしまっているんでしょうね。なんとも寂しい話です。

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2015年12月23日 (水)

粋な計らい

 ヒメっちの中学校で吹奏楽部の外部指導員としてスケジュールが許す限りの範囲で来ていただいているK先生。中学校の吹奏楽部とのつきあいは、異動のある学校の職員の先生の誰よりも長く、ヒメっちたち吹奏楽部を最もよく知っているといってもいい先生です。

 ヒメっちが入部したばかりの昨年の四月、一年先輩のある女子生徒が、K先生に相談していたことがあったそうです。

 その先輩は、中学生ながらポール・マッカートニーのファンで、そのころ来日していたポールのコンサートのチケットも買っていたんだそうです。

 ところがひとつ問題がありました。久しぶりの来日となったポール・マッカートニーのそのライブコンサートに行くためには、部活を休まなければならなかったのです。

 その先輩は正直な子で、適当に口実を作って一日部活を休むくらいのことならできるだろうに、そうはせずに部活を休みたい理由を、そのままK先生に話したんだそうです。

 そのときのK先生の言葉。

「ポールじゃしょうがないな」

 気持ちよくコンサートに行く許可をくれたんだとか。素敵な先生です。

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2015年12月22日 (火)

親に気を遣う食事の金額

 先月の自宅近くのお寿司屋さんにヒメっちを連れて行ったときに、歩きながら話していたときのことだったと思いますが、家族で外食をしにいくとき、自分でお金を出すことがないだけに、親が出す食事代には、気を使うこともあるというようなことを言っていました。

 中学生が親と一緒に食事に行くときにわざわざ気にするようなことでもないとは思うのですが、ヒメっちの場合は、親の懐事情が気にかかることもあるようなのです。

 目安として、一人の食事の費用が1500円を超えてしまうと、ちょっと躊躇するようなことを言っていました。なかなか面白い金額です。お寿司の場合だと、回転寿司なら一人で1500円を超えることは我が家の場合あまりありませんが、回転しないお寿司屋さんとなるとランチメニュー単品くらいしか注文できなくなってしまうくらいの金額です。うまくこのときの会話を端的に反映している数字のようです。

 私から行こうといったお寿司屋さんなんだし、金額のことは考えず、食事を楽しむことだけ考えてくれていればいいんですけどね。

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2015年12月21日 (月)

ドラえもんがほしい

 職場の喫煙室で一人タバコを吸っているときに、あまり面識のない二人の男性が会話している様子が聞こえてきました。一人はかなり年配の人で、もう一人はまだ小さなお子さんがいる父親といった様子でした。

 年配の人のほうが、もう一人に、クリスマスのプレゼントをどうするのかと聞いていました。そこで若い方の人が、今年はサンタさんに何をお願いするのかと子どもたちに聞いてみたときの話をしていました。

 その若い男性には、まだ小さなお子さんが、二人いるのだそうです。上が男の子で、下が女の子。その二人が口をそろえて言ったことが、

「ドラえもんとドラミちゃんがほしい」ということだったのです。

 お兄ちゃんがドラえもんで、妹がドラミちゃんを所望。ドラえもんの玩具でほしいものがあるのかと念を押してみたけど、どうもドラえもんとドラミちゃんそのものが欲しいと言っていたようだと、その若いパパさんは言っていました。

 それはいくらサンタさんでも無理だろうと、説得するのにずいぶん苦心したそうです。

 漫画やアニメでは、のび太君の友達として描かれていたはずのドラえもんやドラミちゃんが、その子たちの目にはどのように映っていたというのでしょうか。

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2015年12月20日 (日)

昼のしゃぶしゃぶ

 半年ほど前に一度だけ行ったきりになっていたしゃぶしゃぶの食べ放題のお店に、また行ってみたいと子どもたちが言っていました。半年くらい経つとまた行きたくなるものですね。前回は暖かい時季でしたが、今回はちょっと厚着をして出かけました。

 食べ放題なので、朝食を抜いていきました。そこまで気合を入れるのは私だけのことで、私以外の三人はもう少し落ち着いたものでしたが、好きなものを好きなだけ食べてもいいとなると、私の場合は胃袋がちょっとした構造改革を起こすみたいです。

 そして食事を終えて数時間かその翌日くらいには、おなかをこわします。ほぼ百発百中。ママっちいわく、食べ過ぎても太らない代わりに与えられた試練なんだそうです。

 わかっていても、食べ放題だとはめを外してしまうのですが、家族でする食事は楽しいから、それでいいのです。

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2015年12月19日 (土)

十歳を迎えて

 このブログが丸十年を迎えていることは、ナイトっちが十歳の誕生日を迎えたことでもわかります。実際にはナイトっちが生まれるより一週間ほど早く始めているので、ちょうど十年をもうすでに過ぎていることになるわけですが、ナイトっちが生まれたとともにあるこのブログが十年、そしてナイトっちもいよいよ今日で十歳の誕生日。時の流れは速いものです。

 誕生日プレゼントはまたゲームソフトにしてもらったみたいです。私にはわからないので、ママっちが手配してくれていました。新しいゲームソフトを手に入れるとナイトっちは一日中ゲームに浸かり続けてしまうのですが、誕生日くらいは欲しかったゲームソフトをもらいたいことでしょうからね。やりすぎには注意して欲しいけど。

 何より、この十年間、病気をして心配したことも何度かありましかだ、大きなトラブルを抱えるようなこともなく、すくすくと成長してくれていることが一番素敵なことです。

 そう、この十年間ありがとうね。

 何より、生まれてきてくれてありがとう。

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2015年12月18日 (金)

減量は隔日に

 先月は3.5mgのまま据え置きとなってしまったヒメっちのステロイド。今月の通院で、少しだけ進展がありました。医師も、以前ヒメっちの病状が再発したのが、ステロイドを3mgまで減らしたときだったということから、これ以上減量するのには慎重を期さなければという考えがあるみたいで、3.5mgと3mgの量を、隔日に交代で続けようという提案をしてくれたそうです。

 このペースではまだまだ時間がかかりそうです。中学校の卒業までにゼロにもっていくのも難しいのかもしれません。それでも、その後のヒメっちの病状には再発は起こっていないのだし、少しずつでも前進できているはすです。それを信じて、ヒメっちの体から完全に病気を追い出せる日が来るまで、戦い続けなければと思うのです。

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2015年12月17日 (木)

漫画の好きな友達の家の場合

 ナイトっちの友達に、漫画の本をたくさん持っている子がいます。多分、ご両親も漫画が大好きなんでしょう。漫画の本を自宅にコレクションするのがひとつの趣味みたいになっている家庭で、そのお宅に遊びに行ってみると、家中に漫画の本が置かれているそうです。

 置き場所に困ったからなのか、何か特別な狙いがあるのか、トイレにまで漫画の本を保管している収納スペースがあるらしいのです。私は見たことがないので直接知っているわけではないのですが、ナイトっちから聞く限り、何千冊という漫画の本にあふれたお家のようです。

 ナイトっちとしては、読みつくせないほどの漫画の本に囲まれる生活というのもうらやましいところなのかもしれませんが、トイレにまで漫画の本があふれかえっているというのは、ちょっと変ですね。

 そのお友達自身はとってもいい子のようで、たまたま漫画が大好きなご家庭で育っているだけのことで、特に問題はないでしょうけどね。

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2015年12月16日 (水)

立派だなんて

 「立派な」という言葉が変な使われ方をしている場面をたまに見かけます。

「万引きは立派な犯罪です」などといった表現。

 犯罪に立派も何もないんですが、言ってて抵抗を感じないものかと思うくらい、私には耳障りな表現です。

 言葉は生き物とは言いますが、進化というより退化してしまうのでは生き物と表現されるのにも価値がなくなってしまうというものです。子どもたちには伝えたくないもののひとつですね。

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2015年12月15日 (火)

やはり酔っ払いは大嫌いだ

 これも一昨日の講演会の日のことですが、講演が終わった後に予定していたもうひとつのお話です。

 講演が終了した後、毎年企画されている古い友人たちとの忘年会に参加してきました。二十年来の付き合いのある、古い友人たちです。たまたま講演会と日が重なってしまったため、夜の飲み会にだけ顔を出すことにしていました。

 今年の参加者は十名くらい。例年よりやや少なめです。でも気心の知れた古い仲間との会話は楽しいものです。私はお酒は飲まないので、ソフトドリンクでのお付き合いなのですが、もちろんそういう事情も十分に理解してくれている仲間たちです。

 独身貴族が多い仲間ですがそこはもう立派な大人の皆さん、自分は酔っていても素面の私とは普通に大人の会話のできる人たちです。

 ただ一人、例外がいるのですが。

 この人物、毎年なぜか、この忘年会のときには、席が私と近くになってしまいます。無作為に席を選んで座っているはずなのに、いつも向かいとか、はす向かいとか、すぐに会話の届く範囲にいます。そのたびに、ちょっと嫌な予感を感じるのですが、今年の忘年会はその予感が的中してしまいました。

 もともと鬱病を患っているらしくて、ネガティブな思考になることも多い人のようで、発言にもそのような傾向が以前から見られる人でした。ただ頭の回転はそこそこ速いみたいで、弁は立つのです。それだけに、職場では扱いづらいとされるタイプのようで、職を転々としています。二年ほど続いたアルバイトもまた近いうちにやめると言っていました。なにやら職場でトラブルがあったらしいのですが、聞いてみると取るに足らない理由のようです。年齢はもうとっくに四十路を過ぎているんですけどね。私としては、あまり会話に入りたいとも、また入ってきてほしいとも思わないタイプの人です。

 それでもまあなんとか宴も酣、忘年会をお開きにする前に、恒例の参加者の一年の近況を報告する時間となりました。毎年これは行われていることで、仕事で大きな異動があったとか、子どもが生まれたとか、誰もが何かしら報告することはあるものなのです。

 私の番になって、上の子、つまりヒメっちが中学生になったという話をしました。ここで、例の人物がこんなことを言い出したのです。

「中学生の女の子なら守備範囲だ」

 人に殺意を抱くことがあるとしたら、こういうときなのでしょうか。酒宴の席での冗談だとしても、許せない発言です。

 酒のせいにして放言を繰り返す人間ほど信用できないものはありません。

 来年からは、参加のしかたを考え直してみようかな。

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2015年12月14日 (月)

科学の発展の影に

 昨日聞いてきた講演の二つ目、麻生先生の講演の冒頭で、導入に用いられたお話が興味深かったので、そこだけちょっと切り出してみたいと思います。

 米ソの冷戦時代、核実験を行わない約束を国際間で交わされたときに、アメリカはある観測衛星を打ち上げたのだそうです。旧ソ連のことをアメリカは信用していないので、約束を締結したとはいっても、もしかしたらソ連は核実験をこの地球のどこかでするかもしれないから、その証拠を押さえるために、核実験が行われたら発せられるだろうガンマ線を検出するための衛星です。

 そしてこの衛星の運用が始まってしばらくして、本当にガンマ線が検出されました。アメリカはこのとき、色めきたったかもしれません。でもこの検出結果をよく分析してみると、核実験で発生したものとは明らかに違うものだし、またガンマ線が飛んでくる方向も、地球からではなく宇宙のあらぬ方向からのもののようだというのです。

 結局その検出されたガンマ線は、旧ソ連軍が内緒で核実験をしたものによるのではなく、宇宙の彼方にある中性子星の衝突などの原因で起こるガンマ線バーストと言われる天文現象だったことがわかりました。この宇宙では時々、強烈なガンマ線が自然に発生しているというわけです。

 科学の発展は、戦争を背景にしていることが多いとよく言われます。コンピュータ、インターネット、GPS(全地球測位システム)、これらはみな、最初は戦争に役に立てることを目的にして開発されたものでした。人類にはまだ使いこなせないといわれる核融合エネルギーの実用化された例が水爆という大量破壊兵器だけということもまた、皮肉な話です。このガンマ線の検出にしても、米ソの冷戦がなければわからなかったことかもしれません。

 でも、科学文明が戦争を背景にしなければ発展しないなどと言われるのは、ちょっと悲しいことですよね。昨日の講演でお話を聞いたKAGRA重力波望遠鏡は、同規模のそれとしては世界で四番目にあたるものになるそうで、重力波の観測の際には建設済みの他国の重力波望遠鏡とも連携を取って観測をすることになるのだそうです。他国はライバルではく協力者だと麻生先生も言っておられました。この先の未来の地球では、他国を破壊することや疑うことを目的として発展するような科学ではなく、本当に人類の幸福のために発展する科学が当たり前になる時代を迎えてくれることを、心から望んでいます。

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2015年12月13日 (日)

宇宙論講演

 国立天文台のホームページを見ていて偶然知ったのですが、同天文台主催の講演会が一橋講堂で開催されるということで、これを聴講してきました。早めに応募したので予約を取るのに苦慮することはありませんでしたが、いざ会場に行ってみると、会場は聴講者で満席の状態。応募者多数のため、募集も途中で打ち切られていたようです。

 一般相対性理論の発表からちょうど100年を経て、アインシュタインが残した最後の宿題と言われる重力波についての講演を、東京大学の佐藤勝彦先生と、同じく東京大学助教を経て国立天文台准教授を勤めておられる麻生洋一先生の、二部構成の講演でした。佐藤先生は理論、麻生先生は観測というふたつのアプローチで構成されていました。

 さすがに、子どもの聴講者は一人もいませんでした。意外と若い人は多く、女性の聴講者もたくさんいたようですが、子どもを対象にした講演ではなかったんですね。

 私にはなかなか難解なところも多い講演でしたが、現在日本では、KAGRAプロジェクトという大掛かりなプロジェクトが推進されています。天体が運動したときに発生するといわれる重力波を検出することを目的とした重力波望遠鏡、KAGRAを、今年梶田教授がノーベル物理学賞を受賞されたことでも話題になった岐阜県飛騨市のスーパーカミオカンデの近くに建設するというプロジェクトです。梶田教授はこのプロジェクトの責任者なのだそうです。麻生先生は、このKAGRAプロジェクトの主干渉計といわれる装置の設計責任者です。

 この重力波を検出することで、この宇宙の成り立ちを追究しようというのです。従来の望遠鏡で観測される太古の宇宙の光は、ビッグバンからある程度の時間を経たものでなければ観測できません。それ以前の光は電磁波としての性質をあてはめて考えることができないからなのですが、重力波は電磁波とは違うため、宇宙の創生にさらに近づくことができると期待されているのです。

 宇宙の創生の謎が解き明かされるのであれば、私もその答えを知りたいと思います。神が人類にに突きつけたともいえるこの難題に、人類が詰め寄ることができると信じて、二つの講演を聴き終わって充実した思いで一橋講堂を後にしました。

 人間の真理を探求しようとする情熱には、頭が下がる思いです。

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2015年12月12日 (土)

騒ぐなといっても騒いでしまう子どもたち

 午後になってママっちとヒメっちが買い物に出かけた後、ナイトっちの友達が何人か、我が家に遊びに来ました。外は寒いし、家の中で遊んでもいいかとナイトっちが聞くので、あまり具合のよくなかった私は、騒がないで静かにしていられるなら家の中で遊んでもいいと言っておきました。

 この条件を友達に伝えたうえで、子どもたちは我が家に上がりこんで遊び始めました。

 最初は静かに遊んでいることに意識をしていた子どもたちでしたが、そのまましばらくしていると、徐々に遊びに盛り上がり始める子どもたち。自然に声も大きくなっていくみたいです。

 あまり度を過ぎてハメをはずすような子はいなかったので注意もしませんでしたが、やはり体調の悪いときにはあまり歓迎したくない子もいます。屋外では遊ぶ場所がない現代の子どもたちですから、遊ぶ場所の提供くらいはしてあげないととも思うのですが、なかなかこれが。

 どこで妥協するかだけの問題ですね。

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2015年12月11日 (金)

天使たちのコンサート

 クラスメイトに誘われて、ナイトっちが町の教会が主催するクリスマスコンサートの児童合唱団に参加することになっていました。今日がその本番の日です。

 主なコンサートの内容は、教会の楽団のコンサートだったのですが、この楽団がステージを空ける中間の時間に、子どもたちがステージに立つというものでした。協会の主催なので、歌う歌は賛美歌のようなクリスマスソングです。二曲だけの出番でしたが、なかなか立派に児童合唱団の一員を務め上げていました。

 ステージに立って歌っているナイトっちとその友人たちです。男の子は二人だけ。あとは全員が女の子でしたが、そこは変声期もむかえていない小学生。性別による声の違いは全然感じられないくらいに透き通った天使の歌声でした。

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 写真の左から二番目がナイトっちです。子どもたち全員が雪のように真っ白な衣装でまとめ、手にはキャンドルの代わりにLEDライトを持って、厳かなクリスマスソングを歌っています。子どもたちだけのコーラスも、こうしてみるといいものですね。

 ステージを終えて一緒に帰るときに、緊張したか聞いてみたところ、ほとんど緊張はしなかったと言っていました。帰り道は暗くなっているし、歩いて帰るには距離があるのでタクシーを拾おうかとも言ってみたのですが、歩いて帰るくらい大丈夫だというので、ママっちと並んで歩いて帰りました。けっこう楽しんでいたみたいです。大した度胸です。

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 今回限りの機会になっるかもしれません。貴重な機会を与えてもらいました。誘ってくれたクラスのMちゃん、ありがとう。

 ナイトっちが音楽の楽しさを少しずつわかり始めてくれているのなら、これほどに嬉しいことはないというものです。

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2015年12月10日 (木)

ペッパー

 ソフトバンクが開発、販売している、CMでもおなじみのペッパーというロボット。昨年の夏に家族で出かけたときに池袋のソフトバンクショップにいたペッパーについてこのブログで紹介したこともありましたが、このペッパーの売れ行きがすごいらしいです。一台20万円ほどの価格で、維持費を総合すると年間で100万円以上の費用のかかるけっして安価とはいえないこのロボット、一月に1000台限定での販売台数が毎月完売するらしいのです。何ヶ月も順番を待っている購入希望者がまだたくさんいるということなんでしょう。そんなにも、ペッパーをほしいという人がいるということに驚かされます。

 会話ができるロボットだといってもまだまだ発展途上を感じるのですが、現代が人間社会にロボットが参入する上での過渡期なのだとしたら、これもまた面白い傾向なのかもしれません。

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2015年12月 9日 (水)

日本語に合わない文化

 それぞれの国の言葉で育った文化というものは、他の国の言葉に持っていくとどうしても違和感が残ることがあります。俳句をどんなに上手に英語に訳したとしても、音節のリズムを五七五にしたとしても、芭蕉や一茶の句の持つわびさびまで完全に翻訳することはできないでしょう。

 逆に、英語圏で育ったラップという文化は、やはり日本語にもってきてもあまり合わないように思います。韻を踏む文化もそもそも日本語にはなかったものだし、それをそのまま歌詞にもちこんだところで、駄洒落のようになって聞こえてしまうものも少なくありません。

 ラップも日本語にずいぶんと浸透してきたという人もいますが、一方ではやはり日本語とは相性が悪いという声もよく聞きます。

 その道を追求していいものにしていこうという努力もあるのかもしれませんが、そのわりにはちょっと今の日本語ラップは濫立しているようにも思えます。

 日本語の文化を大事にしたいものだと、あちこちで聞かれるラップを耳にしたときに思うことがあるのです。

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2015年12月 8日 (火)

舌打ちひとつで

 スマートフォンが普及する以前の携帯電話の場合、出荷時の初期設定ではボタン音が鳴るように設定されているので、マナーモードに設定することもなくそのままボタンを操作すると、ピコピコという音がします。この音はそばで聞かされるとわりと不快なものです。

 スマートフォンを多くの人が使うようになってこのピコピコ音はあまり聞かれなくなりましたが、スマートフォンの場合でもやはり、出荷時の初期設定では音が普通に鳴るようになっているので、文字を入力するときなどはカタカタカタという音がします。この音もあまり聞いていて気分のいい音ではないので、私は過去に何度か携帯電話を買い換えたときには、最初にいつも、音が鳴らないように設定していました。

 今日の帰りの電車の中で、隣に座っていたおばさんが、スマートフォンでメールを書いていると思われる操作をしていました。音の設定はそのままだったようで、そのカタカタカタという微妙な音が、ずっと隣で聞こえていました。

 この音もあまり好きではない私は、思わずその音を無遠慮にさせているおばさんについ、舌打ちしてしまいました。その音が聞こえたらしく、そのおばさんは持っていたスマートフォンをすぐに鞄の中にしまいこんでしまいました。

 舌打ちの音を聞かせてしまったこと自体はちょっと申し訳ない気もしましたが、逆に舌打ちされただけでその理由が何だったのか、自分のスマートフォンの音にあったのだとすぐに気がつくくらいなら、そのおばさんも最初からマナーモードにしてからメールを書けばよかったのに。

 なにより、出荷時にデフォルトでの設定を無音にしておくようにはできないものでしょうか。あのボタン音は、必要なものではないと思います。

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