2008年10月 7日 (火)

朝の戯れ

 昨日は子どもたちが毎朝寝ぼすけだというお話を書きましたが、昨朝の場合はちょっと変わっていました。

 朝は少し早めに起きてパソコンで仕事していた私の耳に、ヒメっちの声が聞こえ始めました。どうも、早めに起きられた様子です。

 私は会社に向かう準備があるので、パソコンを切り上げて、リビングに向かいました。私を見つけたヒメっちが、「おはよう」と言ってくれます。

 気持ちのいい朝です。

 私が朝のニュースを報道しているテレビを見ていると、ヒメっちが私に、「おんぶしてえ」と擦り寄ってきます。

 ナイトっちが起きてしまうと私の背中を取られてしまうので、今のうちにやってほしい、んだそうな。

 まあ、そう言われちゃしょうがない。ヒメっちを背中に乗せて、立ち上がります。ずいぶん重くなったものです。

 でも、ただのおんぶだけじゃあんまり面白くもないので、多少はスリルも与えようと思いました。

 おんぶしたままの状態でたち上がり、そのまま私は深々と頭をさげてお辞儀の姿勢。こんなのが楽しいらしい。怪我する前にやめておかなくちゃなりません。

 そろそろやめなくちゃと思いつつ、ヒメっちをおんぶしてお辞儀の姿勢をしていたとき、自分の股の間から、ナイトっちが見えました。

 ぱっちり目を開けて、こちらを見ていました。

 にっこり笑ったナイトっち。いつもの寝ぼけ眼などどこへやら、ぱっと跳ね起きて私の元にやってきます。

 そして、ヒメっちと同じように、

「おんぶしてえ」

 朝の忙しいときに、このあとまもなく戦場のような満員電車に乗るっていうのに、私はいったい何をしているんでしょうか。

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2008年10月 6日 (月)

知らないおっさんになっちゃうよ

 最近、朝の子どもたちが寝ぼすけで困ります。

 ヒメっちはまだ、もうすぐ小学生だし、小学生は6時半には起きるものなんだと、しまじろうからすり込まれているところもあるからか、一応私が仕事に向かう7時には起きていることはいるのですが、まだ眠そうにしていることも多いです。

 さらに問題なのがナイトっち。7時になっても、まったく目を覚ます気配を見せないことの方が多いくらい。

 水曜日だけは早めに帰宅することを意識しているのですが、それ以外の曜日は大抵、私の帰宅は11時半くらいです。そんな時間に子どもたちが起きてくれていることはまずないし、あったらあったで逆に心配になります。

 これで朝も起きないとなると、私はいつナイトっちの起きているところを見られるというの?

 このままじゃナイトっちの目に映る私は、週末だけなぜかうちにいる、知らないおっさんになってしまうではないか。

 ナイトっちが朝起きないときは、どんな起こし方をしても不問にするというルールでもいい?

 もしそれが許されるなら、どんな起こし方してやろうかなあ。

 こんな妄想しか考え出せない私。知らないおっさんになってしまうのも時間の問題かも・・・・・。

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2008年10月 5日 (日)

自宅の仕事がかなり進んだ

 昨日は午後からしばらくの間、私が子どもたちを二人とも連れていたので、今日はママっちが二人を連れて少し遠くまで遊びに連れて行ってくれることになりました。

 行った先は、つい最近にも行った記憶がありますが、ヒメっちの大好きな後楽園のおもちゃ王国です。

 その間私はずっと自宅に一人だったので、子どもたちの邪魔が入らないことにはなかなか進めることのできない仕事がずいぶんと進みました。ありがたいことです。

 午後5時半くらいになって、ママっちと子どもたちが帰ってきました。二人とも昼寝もしていないし、一日楽しいところで遊んでこれたからか、とんでもなくハイテンション。夕食の後、二人ともあっさりと眠ってしまいました。

 子どもたちが楽しければ、それが一番の休日です。私はまた明日から仕事ですが、来週末には運動会もあるし、それもまた楽しみです。

 今日はママっちお疲れ様でした。

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2008年10月 4日 (土)

秋だというのにソフトクリームと何故か焼き鳥

 昼を過ぎてから、子どもたちを散歩に連れ出しました。

 いつも散歩と一緒にちょっとした買い物をするときは、もっと近場で済ませることも多いのですが、天気も良かったのでもう少し遠くまで歩いて行くことにして、駅前の商店街まで行ってきました。

 もう季節は秋だというのに、アイスが食べたいらしい。

 でも、コンビニやスーパーで売っているアイスで、食べ歩きのできそうなものというと、思い当たるのはソフトクリームのような形状に見えて実は、かなりクリームの固いタイプのものです。スーパーでソフトクリームは売られていないことが多いのを私は知っていましたが、ヒメっちのイメージは多分そうじゃないことが事前にわかっていました。

 駅前まで行ったのは、そこにマクドナルドがあるからです。確か、ここでソフトクリームが買えるはず。

 ということで、無事にソフトクリームを3つゲットして、店のすぐ外で食べ歩いているところです。ヒメっちはもう、ソフトクリームが溶け出しているところを先に食べるなどの知恵もついていますが、ナイトっちが大変でした。洋服も靴も、クリームだらけにしてくれました。

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 この帰りに、ヒメっちが最近食べたくてしょうがないという焼き鳥屋さんにも寄って、晩御飯のおかずの足しにするのに、焼き鳥を7本買って帰りました。

 さて、この焼き鳥。7本のうち5本まで、ヒメっちが一人で食べてしまいました。レバーだけは少しヒメっちの口に合わない様子でしたが、ネギマやヒナドリはとってもおいしかったらしく、私やママっちの分にと思って買って帰ったのまで、全部ヒメっちに食べられてしまいました。

 そんなに美味しかったのか。それなら、また買いに行こう。本数がうまく読めないけど。

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2008年10月 3日 (金)

本人が見間違えるほど似ている二人

 二番目の子の写真は、最初の子に比べるとあまり撮らなくなる。

 これはどこでもよく聞く話です。

 それを言われるのがいやで、私は努めてナイトっちの写真も撮るようにはしているのですが、やっぱりどうしても、3年4ヶ月の間はヒメっち一人だったわけで、その絶対的な時間の差は、簡単に埋まることはありません。

 しかも我が家では、手軽に使えるデジタル式のカメラではよく撮影するのですが、いわゆるスチール写真を残すという習慣が育っていないため、アルバムに整理した写真というのは、ヒメっちが生まれてしばらくしてからはほとんど増えなくなってしまいました。

 子どもたちの写真は、パソコンがないと見られないという状態なのです。

 それでも比較的よく残っているものに、我が家でママっちの実家に行ったときに、ママっちのお父さんに撮影してもらった写真があります。ヒメっちが三歳くらいの頃までなのですが、デジカメで撮影した後、A4サイズに引き伸ばしてプリントした写真が、たくさん残っているのです。

 今でもヒメっちは、もう記憶にも残っていない二歳前後の自分の写真を、時々見たがります。

 その写真をナイトっちが見たときに、自分が写っていると主張していました。そこに写っているのはヒメっちなんですが、今と違って当時のヒメっちは髪の色がナイトっちの金髪のような色に近かったし、年のころが今のナイトっちとよく似ているため、体つきや顔つきも確かに似ているのです。

 私が見ればもちろん、当時のヒメっちの顔なのか、今のナイトっちなのかの違いははっきりとわかりますが、ナイトっちにはそうは見えなかったのかもしれません。でももしかしたら、自分にもその大きな写真を残してくれているということを、どこかで期待していたのではないかという気もしています。

 ナイトっちの写真、パソコンにはたくさん入ってるけど、その大きな写真はほとんどないんだ、許せ。

 二人の子どもに平等な記録を残し続けるというのは、難しいものです。

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2008年10月 2日 (木)

ドア越しの叫び

 またも鉄道博物館でのナイトっちのこぼれ話です。

 館内には、喫煙スペースが一箇所だけ設けられていました。5時間ほど滞在していた間に、私は二回この部屋で煙草を吸ったのですが、毎回ナイトっちには、煙草を吸いに行ってもいいか聞くこととなります。

 一度目は食事の後。このときは快くOKしてくれたので、喫煙室の内部からでも姿が見えるところにナイトっちを立たせて、急いで吸っていました。ときどき手を振ると、振りかえしてくれたりもしました。

 問題は二度目。そろそろ帰ろうというとき、お土産を買いに行く前に煙草を吸いにいっていいかと言うと、キッパリと「ダメ」との回答。

 そんなにハッキリとダメ出しするの?

 それでも喫煙室には行きましたとも。このときは、ナイトっちを喫煙室の窓の向こうに立たせて、互いの声もガラスに隔てられて聞こえないところで、手振りだけでジャンケンなどしながら時間を稼いでいました。その間も、煙草を持った私の右手は、忙しげに往復運動を繰り返しています。

 でも、ジャンケンの相手になってもらったくらいじゃいつまでも誤魔化されてはくれません。

 窓の向こうから不意に姿を消したナイトっち。どこに行くのかと、慌てて煙草を始末しようとしていたら、ナイトっちは遠くへ一人で行こうといたのではなく、喫煙室の出入り口の前に移動したのです。

 このドアが、自分ひとりの力で開けられるものではないことも知っていたのかもしれません。ドアの、ちょうどナイトっちの背の高さのあたりに網の目のように空けられている通気孔に顔を寄せて、

「早く出てきて」

 と大声で叫んでくれました。

 十分短くなった煙草を捨てて、すぐにドアを内側から開け、ナイトっちと再開。

 何かあるたびに泣くことでしか主張できなかったナイトっちは、もうどこにもいないかのようでした。頭を使って行動しています。

 半日ばかりナイトっちと二人きりでいただけだというのに、こんなにも成長した様子を感じることが出来るなんて、普段から私が子どもたちと接する時間を満足にとっていないことの現われなのかもしれませんが、でも、素直に嬉しかったです。

 どんどん大人へと近づいているね、ナイトっち。

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2008年10月 1日 (水)

大小があべこべ

 トイレがどんどん上手になっていく我が家の息子、ナイトっちですが、上手なのはまだオシッコだけのようです。

 先日大宮の鉄道博物館に行ったときも、トイレには三回行きましたが、いずれもナイトっちが自分からトイレに行きたいと言い出したものでした。ジュースを食事や休憩のたびに飲んでいたので、たびたびトイレに行きたくなったのでしょう。手近にトイレがあるのを見ると、行きたくなってしまうようでした。

 そのたびにトイレの個室にナイトっちを連れて入って、便座に座らせて用を足させます。不必要に力んだりするところはありますが、出始めればスムーズに出てくれるみたいです。

 何より、出てしまう前に私に毎回言えるようになっていることが一番凄いこと。この短期間でよくここまでできるようになりました。

 ところが、ウンチはどうかというと、まだ出る前に言うことが出来ないようなのです。

 立ったままで静かにしていると思ったら、全部出た後っていうことがまだほとんど。オムツじゃなく、トレパンを穿いているときだと、ちょっと悲惨です。

 オシッコは座って、ウンチは立ってしています。まだちょっと不自然。

 トイレトレーニング完了まで、もうちょっとですね。

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2008年9月30日 (火)

覚えておいてね

 仕事の都合をつけて、水曜日でもないのに早めに帰宅しました。

 途中、最寄り駅の傍で、我が家で19日によくやっているミニパーティーのときのように、ケーキを四人分買って帰りました。

 私が早く帰ったので、玄関まで走ってきてくれたヒメっちにそのケーキを渡すと、

「なにこれ、おみやげ?なんだろう、ケーキかな」

 などと探りを入れています。私がケーキを買ってくる理由が、思い当たらないという顔をしていました。

 ヒメっちはそのケーキの箱を持ってキッチンへ。

「お母さん、お父さんがケーキ買って来てくれたよ」

 そこで、ママっちは思い出したように、

「あ、そうか」

 はい、ママっちはさすがにすぐに気がついたようですが、今の今まで忘れていたようです。

 9月30日は結婚記念日です。

 このブログでも毎年ネタになりますが、毎年こんな感じです。子どもたちの誕生日を忘れることはありませんが、結婚記念日を覚えていることもあまりありません。

 ケーキは、私の食事が終わった後、四人でいただきました。いつものお店ではなく、某チェーン展開のお店のケーキだったので、ボリュームはあるけど味はイマイチな感じでしたが。

 ヒメっちが、

「今日はお父さんとお母さんが結婚した日なんだね」

 と納得した様子で何度もくり返していました。

「そうだよ、覚えておいてね」

 と、私は何気なくヒメっちに、ちょっとしたお祝いをする日は誕生日だけじゃないことを示すように言い含めておきましたが、もちろん、肝心の人がいつも忘れてるので、代わりに覚えておいてね、という意味も含まれています(笑)。

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2008年9月29日 (月)

新しい試練

 このブログにも何度か登場したことがあります。ヒメっちと同じ幼稚園に通う、私たちと同じマンションに住んでいるMちゃんという子がいます。

 ヒメっちとは年少のときに同じクラスでした。年中になってからクラスは別々になりましたが、年少のときに一番仲良しになったMちゃんとは、今もクラスの境界を越えてよく遊んでいるようです。

 ところが、最近ヒメっちとMちゃんがよくケンカをするようになりました。

 いつも原因は他愛もないことばかりで、仲直りするのもすぐなので気にもしていなかったのですが、ひとつだけ、ここ最近に気になった小さな事件がありました。

 最初のきっかけが何だったのかが私はその場にいなかったのでよく解らないままなんですが、どうも、Mちゃんのママの傘を、ヒメっちとMちゃんの二人で壊してしまい、Mちゃんがそれをヒメっち一人のせいにしてしまったらしいのです。

 そのときばかりは、ヒメっちはしばらくMちゃんを許せなかったようで、夜になって私にもその話をしてくれはするのですが、

「わたし何にも悪くないもん」

 と言って泣いていました。そのまま眠ってしまうところが6歳児たるところです。

 Mちゃんママからは、ヒメっちのせいじゃないと言ってもらえているようで、きわめて大人の対応をしてもらえたというところからも、あくまで子ども同士のトラブルのレベルなんでしょうが、少なからずヒメっちは、その事件でいやな思いをしたことは確かなようです。

 この事件の後も、数日後にはまた一緒に遊んでいるようだし、そこでまたつまらない理由でケンカしたりもしているので、私はそれほど気にはしていません。ただ、今後はヒメっちにもこういう事態がしばしば訪れることになるんだろう、もうそういう時期に来ているんだなと思うと、そのひとつひとつをヒメっちがしっかり消化していってくれるのか、少し心配にもなります。

 大人になるために必要な試練なんですよね。同時にそれは、私にとってもひとつの試練です。

 実にデリケートな問題です。

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2008年9月28日 (日)

平成の子を連れ昭和を旅する

 電車が最も主な交通手段である私には、鉄道に対する特別な感情というものはなく、飽くまでただの都会の足としてしか認識はないのですが、今日ナイトっちと行ってきた大宮市の鉄道博物館は、鉄道マニアでなくても楽しめるところのようです。

 それにしても、大宮は遠かった。池袋からすぐだと思っていたのですが、かなり甘かったようです。

 行きの電車で退屈して眠ってしまったナイトっち。行った先にあるのも電車ばかりなのに、ここで退屈していたら・・・・と不安がよぎりましたが、それは杞憂に終わることに。

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 今回は、私とナイトっちの二人だけでの小旅行でした。ヒメっちは、ママっちと一緒に池袋で映画鑑賞。「崖の上のポニョ」を見に行っています。私がジブリアニメがあまり好きじゃないのと、ママっちもヒメっちも見てみたいと言っていたのを合わせると、自然にこのような結果になります。そこで、私はナイトっちが大好きな電車の博物館に連れて行くことにしたのです。

 池袋までは四人一緒でしたが、ここで二組に分離。男二人は埼京線、女二人はサンシャインビルへ。

 電車の中では退屈していたナイトっちですが、現地では楽しんでくれたようです。

 入り口付近のSLを背景に一枚。私がナイトっちくらいの頃は、実家の近くをまだこんな鉄道が現役で走っていました。汽笛の音が聞こえたらベランダへと走り寄って、遠くを煙を噴きながら走る蒸気機関車をじっと眺めていたのを今でも覚えています。

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 ナイトっちには、こんなのが昔は線路の上を走っていただなんてこと、理解できるのでしょうか。

 最初に見たのは、巨大な鉄道ジオラマ。ガラスを隔ててしか見られなくしてあったので、少し見にくかったけど、鉄道の模型が自走しているのはナイトっちの目にもわかったようで、目の前を小さな新幹線が行き違うところなんて、大興奮でした。鉄道模型を趣味にする人がいるというのは聞いたことはあるけど、これは趣味ではできないですね。スケールの桁が違う。

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 キッズスペースが目に止まったのでここにも入ってみました。博物館の趣旨とは違うところなんですけど、ナイトっちくらいの子だとこういうところも喜んでくれます。家にもあるプラレールで、いつまでも遊んでいます。我が家には新幹線の車両しかないから、正面の平べったい在来線の車両が線路を走るところは珍しかったのかもしれません。

 大きな新幹線の模型の運転席から顔を出しているナイトっちです。

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 一階に降りると、そこには本物の鉄道が何台も展示されています。過去には本当に走っていた車両たちです。中に入れるようになっているものもいくつかあって、これは特急「とき」の中。私が子どものころの、代表的な特急電車です。

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 中はゆったりとしていたけど、車窓の脇の日よけのカーテンなんて、今じゃもう見なくなりましたね。

 さらに郷愁を誘うような、ノスタルジックな車両が次々と飛び込んできます。内装が全部木製の客車。座席も床も、全部木で出来ています。異常に低い天井、子どもでも手が届きそうなほど長く伸び下がったつり革。私が4歳くらいの頃、京都から新潟にある父方の祖母の実家まで、父と二人で気の遠くなるような長い時間をかけて、鉄道に乗って一度だけ行ったことがあるのを今でもかすかに覚えています。ボックス型の座席に父と向かい合って座ったときのあの記憶を、呼び覚ましてくれるような空間でした。

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 私がしきりに懐かしいとつぶやくので、ナイトっちがそれを真似しているのがおかしかった(笑)。

「こんなイスがあったねー、窓のカーテンもこんなんだったよ」

 ナイトっちが、私のセリフを真似るのです。君も懐かしかったかい(笑)?

 子どものころ、よく踏み切りの傍まで連れて行ってもらって、その力強く走る雄姿を眺めていたSLが、今はここで、ひっそりと佇んでいます。このSLかどうかは解らないけど、ほぼ同型のを見た記憶は残っています。走りすぎるところを見ているだけでも楽しかったなあ。

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 時代はさらに逆行し、私の郷愁も通り超えます。鉄道時代初期のころの弁慶号。私の記憶しているSLよりは、ずいぶん小さな感じがします。

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 気がついたら、懐かしさのあまりに私が夢中になっていました(笑)。ナイトっちも、いろんな車両の中を見学していて楽しかったようです。

 最後に、30分並んで運転シミュレータを体験。ゲームセンターにあるようなのとは違って、運転士を養成するときに使われている本物のシミュレータです。ナイトっちは運転士気分が味わえたのかな。電車が走り始めても、マスコンを勝手にグリグリ動かすものだから、電車は途中で止まってしまうし、次の駅に着いたときにはめいっぱいオーバーランしてるし(笑)。

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 お土産屋さんでナイトっちが選んでくれたお饅頭を一箱買って、博物館見学はおしまい。帰りの電車の中、ナイトっちは乗り換えの間も含めて、ぴくりとも起きませんでした。よほど疲れたんでしょう。

 帰宅したときにはもう、ママっちとヒメっちは先に帰っていました。二人に出迎えられて、いつもよりおしゃべりになっているナイトっち。話の内容は、飲んだジュースの種類だとか、買ってきたお饅頭のことばかりで、肝心の見学内容のことはほとんどなかったけど、自分なりに楽しかったことを興奮気味に話している様子が、私には頼もしく思われてなりませんでした。

 また行ってみようか。そのときには、ナイトっちは今日とはまた違った反応を見せるんでしょうね。もう一度行ったとしても、今日のような強い郷愁はもう感じないかもしれませんが、日進月歩のナイトっちの成長は、この次にはまた全然違うものとなっていることと思います。

 他にも、脇にそれたような、つまり博物館見学とはあまり関係のないナイトっちのこぼれ話がいくつかあるのですが、それはまた別な機会に。

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2008年9月27日 (土)

こどもだましに誘われつつも

 しばらく大したところには遊びに行っていなかったので、この週末は何か考えたいと思っていたのですが、それは明日にまわすことにしました。男二人と女二人で、別々に行動することが決まっていました。そこで今日のお出かけは、お昼ご飯をマクドナルドで食べようという程度のものとなりました。

 相変わらず、我が家の子どもたちがマクドナルドで注文するメニューは、ハッピーセットです。キッズサイズのドリンクと一番小さなフライドポテトがついて、メインで食べるものは一番シンプルなハンバーガーかナゲットかパンケーキからしか選べないアレです。そこに、月代わりで企画されたちょっとしたおもちゃがついてきて、それで大人用のメニューとほぼ同じ値段。

 子どもたちの目当てが、このおもちゃなのは言うまでもありません。

 以前はわりとよくできたおもちゃもあったように思いますが、最近のハッピーセットのおもちゃはつまらなくなった気がします。ヒメっちも、貰ったおもちゃで遊んでいるのはその日のうちだけだし。

 などと思っていたら、ヒメっちはママっちの注文したテリヤキマックバーガーの味が気に入ってしまったようでした。

「次に来るときはこれが食べたい」

 とまで言っていました。そういえば、ヒメっちはこの手の甘いソースが好きだったものね。

 でも、テリヤキマックバーガーとハッピーセットは組み合わせることが出来ません。テリヤキが食べたいなら、おもちゃ付きのハッピーセットは諦めなければならないのです。

 ヒメっち本人は、仕方ないけど、それでもいいかとは言っていました。もうあんまり、ハッピーセットのおもちゃには、そこまで強いこだわりもないようです。つい最近まで、マクドナルドって言ったらおもちゃのついてくるメニューにしか見向きもしなかったのに。

 子どもの反応は、よく見ていると面白いです。小さなところにも、成長の兆しは現れているものです。

 その夜、ナイトっちが貰ったハッピーセットのおもちゃが、早速壊れました。思ったように動かなくなって、泣き出すナイトっちです。

 ナイトっちが飽きるようになるまでに、我が家ではあと何個、ハッピーセットののおもちゃが増えていることでしょうか。

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2008年9月26日 (金)

残り物の福

 先日、ナイトっちの体調が良くなかったとき、食欲のないナイトっちの水分と栄養の補給のために、ママっちがリンゴジュースを買っておいてくれました。

 夕食が済む頃にはもうナイトっちも元気になっていたので、デザートの代わりにまだ少し残っているこのジュースを子どもたち二人に等分して飲ませたところ、やっぱり果汁100%のジュースというのは子どもの舌でも違いがわかるもののようです。二人とも実にいい飲みっぷり。

 ヒメっちはその場で全部飲んだのですが、ナイトっちのコップにはまだ少しジュースが残ったままになっていました。

 その後、歯磨きしてお風呂に入ったら、ナイトっちはもう、病み上がりということもあったのでしょう。風呂から出てすぐに寝てしまいました。

 リビングのテーブルの上には、ナイトっちのジュースがまだ残ったままです。

 ヒメっちは、そのジュースを少しだけ、風呂上りに飲んでしまったことを、私に打ち明けました。

「お父さんもそのジュース、欲しいなあ」

 などと、私にとってはどうでもいいそのジュースをネタにして、ヒメっちをからかおうとする私の悪い癖が出てしまいました。さらに追い討ちをかけるように、

「ジュース飲んだんだから、歯磨きはやり直さないとね。」

 と、意地悪のおかわり。まだそのジュースに未練のありそうだったヒメっちも、諦めて洗面所に向かいました。

 どうもヒメっちは、誰に対しても、自分の欲求を犠牲にして遠慮してしまう、優しすぎるところがあるようです。その遠慮が必要な場面もあるかもしれませんが、父親の前でその必要は何もありません。ただ、言いたいことはしっかり言わないとね。

 というようなことを諭されて、その後ヒメっちは、残りのジュースを、歯磨きに入る前にようやく飲むことが出来たのでした。

 子どもなりに、空気読んだりさじ加減に悩んだり、いろいろと苦慮するところがあるようです。

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2008年9月25日 (木)

忘れられない「はじめてのおつかい」

 年に二回くらいしか放送されないテレビ番組、日本テレビの「はじめてのおつかい」が、少し前に放送されていました。リアルタイムでは見られないので、ビデオに録画しておいてもらって見ました。今回のも面白かったです。

 もうずいぶん昔に見たこの番組の中で紹介されていたおつかいのお話で、私が忘れられないものがあります。叶うものなら、もう一度見たいくらい感動的なお話なのです。

 確か、我が家のヒメっちとナイトっちと同じく、面倒見のいい姉と、その姉に甘えっぱなしの弟という、二人の姉弟のおつかいのお話でした。

 おつかい自体は、少し距離はあるけど車に気をつけて歩いていけばいいものだったと記憶しています。ただ、買わなきゃならないものが多くて、帰りの荷物が少し子どもには重かったような。

 買い物は無事に済ませたけど、弟が疲れてぐずぐず言い出します。それを、お姉ちゃんがうまくなだめすかして、重たい買い物袋を抱え、歩かなくなった弟を抱っこして、でもさすがに弟を抱いて移動できる距離はごくわずかで。やがて、お姉ちゃんまで泣きべそをかき始めます。その姉の様子を見て、弟が少し冷静さを取り戻したような記憶があります。

 そして、試練はそれだけにとどまりませんでした。大粒の雨が降り始めたのです。自宅に帰り着くまであと少しというものの、ここで振り出した雨は、子どもの意思を挫くには十分だったはず。

 でも、この二人は強かった。次のカットでは、フキに似た大きな葉っぱをどこかから調達してきて、その茎を握り締めて傘の代わりにして、買い物袋を抱えて歩いている姉弟の姿が映し出されます。

 ここで始まるお約束のBGM、しょげないでよベイベー♪

 演出、やりすぎです。涙もろい私など、イチコロでございます。葉っぱを傘代わりにして、泣きながら残りわずかな自宅までの道を歩く二人の姿だけは、私の脳裏から今も離れることはありません。

 これこそ本当の筋書きのないドラマ。子どもにはどんな名役者もかなわないとされる所以です。

 ちょっと甘やかしすぎたのか、我が家のヒメっちは、今でもひとりでおつかいに行くなんてことは、想像だにできないようです。どこに行くときも、一人にしたことはなかったので、この番組は興味深く見ているようなんですが、自分のことに当てはめるにはまだ敷居が高いようで。

 番組に出ている子どもたちは、ヒメっちよりひとつふたつ小さな子ばかりなんですけどね。それもわかっているはずなんですが、一人でおつかいに行くのにはまだ、消極的なようです。

 まあ、焦ることはないでしょう。遠からず、できるようになっていくことです。我が家ではいつ実現できるのか、まだわかりませんが、その日が来たときには、ヒメっちとナイトっちのドラマが作られることと信じています。

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2008年9月24日 (水)

寝起きのひとこと

 朝、ナイトっちの体調がよくありませんでした。

 微熱と咳。たまに発症する喘息の症状です。

 ヒメっちの幼稚園では面談の予定が入っていて、ママっちは2時ごろにヒメっちを迎えに行くよりも前に、11時くらいにも幼稚園に行く必要がありました。

 ヒメっちが幼稚園に行った後、さらにナイトっちを連れて幼稚園まで二往復しなければならないので、仕事先には都合をつけ、私がナイトっちの様子を見ていることにしました。

 午前中、ナイトっちはずっと眠っていたのですが、汗を書き始めたのが良かったのか、熱も徐々に下がり、ひどい咳も出ず、ぐっすりと眠れていたようです。

 ママっちは面談で幼稚園に行ってしまい、昼ごはんはカップラーメンくらいしかなかったので、それを作ろうとお湯を入れたカップラーメンが出来上がる頃、示し合わせたようにナイトっちが目を覚ましました。

 目がパッチリ開いて、調子よさそうです。

 開口一番、「ママは?」と聞いてきました。

 やっぱり、目を覚ましたときにママっちがいないのが一番気になるんですね。でも、代わりに私がいれば、それ以上ぐずることもありません。ずいぶんと聞きわけがよくなりました。

 私のラーメンを少し分けてあげて、二人で食べているところにママっかぢ帰宅。さらに嬉しそうなナイトっち。

 明日は仕事がたまってしまったているでしょうが、突発的に取った今日の休みには、大きな意味があったように思います。

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2008年9月23日 (火)

ハッタリ失敗

 秋分の日でお休みなのですが、とくにこれといった予定も入れていなかったので、実にのんびりした休日となりました。

 子どもたちのおでかけも、午前中にママっちの買い物につきあったくらい。天気はそれほど心配でもなかったのですが、昼からは自宅で適当に遊んでいる子どもたちでした。

 夕方近くなって、私も少し気分転換に外出してみたくなったのですが、子どもたちをこのまま連れ出すにはリビングが散らかりすぎ。散歩に行きたいかどうか聞いてみたら行きたいというので、それなら散らかしたおもちゃを片付けなさい、ということになりました。

 もちろん、日が暮れるまでに片づけが済まなかったら、お出かけもなしということにしていました。

 少しずつ片付けてはいたようなのですが、ナイトっちはほとんどまだ戦力にならないので、ヒメっち一人に片付けの負担がかかります。すぐに飽きて、またナイトっちと遊び始めるヒメっち。時々発破をかけたりもするのですが、片付けは遅々として進みません。

 日がずいぶん西の空に傾き始めて、ようやくお片づけも終了となりました。

 そして、その頃にはもう、ヒメっちの外出したい気持ちが萎えてしまっていたのです。

「お片づけが間に合わなかったから、お出かけはもうできないけどしょうがないね」

 と、私の言ったことに飽くまで忠実なヒメっちです。ヒメっち自身には他意はないのでしょうが、子どもたちとの散歩をむしろしたかった私が拍子抜けしてしまう結果になってしまいました。

 ナイトっちも散歩には期待していたようで、結局のところナイトっちが「さんぽぉ」とくずり出して、少しだけ出かけることとはなったんですけどね。といっても、マンションの外へは出ず、エントランスまで行って新聞を回収したついでに、そばにある自動販売機でジュースとお菓子を少し買って帰るだけのものとなってしまいました。ナイトっちは、これだけでも得心してくれたようです。ヒメっちとしては、遠くまで行かないのでこれくらいの外出でむしろよしってところだったよう。

 ハッタリかまして大失敗して、なんだか一番モヤモヤガ晴れなかったのは私だけのようでした。

 子どもをハッタリで思い通りに操れたのも、もう昔の話になったしまったんですね。図らずも、どんどん大人へと成長しているヒメっちです。

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2008年9月22日 (月)

お弁当、僕も欲しい

 三つ子の魂百まで、などと言われるように、人間の性格は幼い頃から形成が始まっているという考え方は昔から存在しているものですが、三つ子といわず、まだ二歳と九ヶ月のナイトっち。まだまだ舌足らずなのに、いろいろ考えているようです。

 ママっちは、ヒメっちの幼稚園のあるときは、給食のあるときを除いて、お弁当を作ってあげています。

 ナイトっちが、自分もそのお弁当を作ってほしいと言うらしいのです。まだママっちからまったく離れたことのないナイトっちには、自分用の弁当箱なんて必要ないものなんですが、姉と同じように、自分にもお昼ご飯のお弁当が欲しかったのだとか。

 ママっちは、しかたなくナイトっちの分のお弁当まで、使っていない子ども用の弁当箱を出してきて、作ってあげたのだそうです。食べるのはお昼だからね、とちゃんと言い聞かせて。

 ナイトっちにしてみれば、ヒメっちは毎日幼稚園に連れて行ってもらっているけど、自分はいつも、ヒメっちを連れて行くのにつき合わされはするけど、幼稚園の前まで来たらUターンするだけだし、おともだちだっていないし、お弁当も作ってもらったことがない。

 毎日そうしているうちに、我慢が出来なくなってしまったのかもしれません。

 いろいろ見たり聞いたりしているうちに、二歳の頭脳にもいろいろな考え方が生まれていくものなんですね。あらためて、子どもの発育や成長というものに、不思議な力を感じます。

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2008年9月21日 (日)

一緒にクロスワード

 携帯電話のWEBコンテンツって、月に300円くらいの使用料のものが多いので、リーズナブルなように見えて、実は毎月300円っていうと馬鹿にならないものだったりもします。

 などと言いながら、私が携帯電話をDoCoMoにしてから何年間も入り続けているコンテンツがひとつだけあります。

「懸賞パズラー」というサイトなんですが、ここ以外どことも契約していないものの、ここだけはプラチナ会員と呼ばれています。懸賞には数えられないほど応募してきて一度もあたったことがありませんが。

 DoCoMoなので、iアプリで実行するパズルゲームが10種類くらい遊べるようになっています。その中に、定番のパズルですけど、「クロスワード」があるのです。

 これを、ヒメっちと一緒にやってみました。画面が小さいので、二人で同時に見える角度を探すのがパズル以上に難しかったわけですが。

 私一人で解くときは、物も言わずに淡々と指先だけを動かすのですが、ヒメっちが一緒に画面を見ているので、問題を読んだ上でその解答が何文字で、すでに解っている文字がどこにあって、ということを解説しながら進めました。ヒメっちには明らかに難しい単語を埋める箇所は私がどんどん進めてしまうのですが、ヒメっちにも答えられるかもしれないと思われる問題の場合は、解説だけしてしばらく考える時間を与えます。

 すると、三問か四問に一問くらいの割合で、ヒメっちが正解を答えてくれるのです。

 二人でひとつのクロスワードを解く日がいつか来るだろうと思っていましたが、実際に来てみれば実にあっさりした感じでした。

 でも楽しかったなあ。またそのうち、一緒にやってみようと思います。

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2008年9月20日 (土)

木の野菜とフラフープ

 久しぶりに児童館へ行きました。子どもたちは久しぶりでもありません。わりとちょくちょく行っているのですが、私が行くのが久しぶりでした。

 わりと大きな児童館なので、遊べるスペースはたくさんあるのですが、まずは一番小さな年齢層の子どもを対象としている部屋で。

 ヒメっちはスタッフのお姉さんと意気投合していたようなので、私はナイトっちについていれば良かったのが助かりました。

 カラフルな木のおもちゃで遊んでいるナイトっちです。

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 ここで私は、このおもちゃを見て閃いた一工夫。

 五種類の長さ違いの五色木の棒が25本あるだけのおもちゃなんですが、それぞれの色を野菜に見立ててみました。

 オレンジはニンジン、青はナスビ、緑はキュウリ、赤はトウガラシ、黄色はトウモロコシみたいだね、と言ってみると、どれもただの色のついただけの木の棒なのに、その意味がナイトっちにも理解できたようなのです。そればかりか、トウガラシは、トマトの方がいいと言い張っていました。トマトと言ってしまうには長さがあったので、トウガラシにしてみようと私は考えていたのですが、ナイトっちにしてみればそんなことは大した問題ではなかった様子。身近なトマトに例えたかったようです。

 そこで、「一番大きなトマトはどれ?」とか、「二番目に大きなキュウリはどれ?」などと聞いてみると、正確にバラバラになっている木の棒の中から正しいものを探し出してくるのです。そして、穴の開いている木の板に棒を戻していくという作業を繰り返していました。

 途中で飽きちゃいましたけどね。

 でも、色の名前を直接言うのではなく、その場で作り出したたとえ話を対応する色に頭の中で置き換えて、一番長いもの、その次に長いもの、などを見ただけで探し出すという作業が、正確にできているのが私には驚きでした。

 この部屋の隣が、もう少し大きな子の遊べる部屋となっています。対象は基本的には小学生なので、ヒメっちにはまだ少し早いのですが、ヒメっちとしてはもう、幼児向けの部屋よりも、この小学生向けの部屋で遊ぶほうが楽しいみたいです。

 ここで、私が今日初めてヒメっちに披露してもらったことがありました。

 以前からママっちからは、ヒメっちが上手にすると聞いていたことなんですが、ヒメっちはフラフープが上手らしいのです。幼稚園ではまったく扱わないもので、この児童館でしかできない遊びを、ヒメっちは誰にも教わらないで、見よう見まねだけでできるようになったんだそうです。

 写真というより動画を撮影したかったのですが、携帯のバッテリーが切れて撮影できませんでした。なんとも残念な結果。

 近いうちに、フル充電してヒメっちのフラフープを撮影したいと思います。

 ちなみに、私もフラフープを少しやらせてもらいましたが、全然回りません(笑)。コツがあるらしいのですが、ほとんど上達しませんでした。

 やっぱり、子どもの飲み込みのスピードは速いんですね。ナイトっちの木の野菜のことと言い、子どもの持つ可能性が無限と言われる所以の一端を見たような気がしました。

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2008年9月19日 (金)

年相応の変化

 もっぱら図書館で借りてばかりなのですが、今私がはまりまくって通勤電車の中で読みふけっている作家があります。

 松本清張です。

 中学生のときに、図書室に「点と線」が置いてあったので、読んだことがありましたが、当時の私では難しくて、何がなんだかわかりませんでした。同級生の中に、「これは面白い!!」と絶賛している子がいて、理数系はからっきしだめだった彼の文系センスがあると、この手の作品も面白いと思うものなのか、と変に感心していた覚えがあります。当時から私も小説に限らず本を読むのは好きでしたが、どちらかというと理数系に偏っていた私には、清張作品は難しすぎたようです。

 でも、今読むと、これがものすごく面白い。

 そして、清張作品の世界が理解できるようになってみて、これを中学生のときに面白いと言っていた彼のすごさをあらためて知る次第なのです。

 他の作家にあるような、奇抜なトリックや、偶像的な名探偵が一切出てこないのが清張作品の特徴です。そういう派手な部分は捨て去って、人間の描くドラマ性を重視していると言われています。社会派推理小説、などという名称のジャンルまで生まれたくらい。人間の内面的な心理の細かい動きや、複数の登場人物の織り成す微妙な人間関係を、推理小説の素材として前面に出した作品が、乱歩や横溝正史とはまったく違うところなのだそうです。

 私は江戸川乱歩も好きですけど、この松本清張の作品世界の新しさに、今更ながら目からうろこの出るような思いではまってしまっているのです。

 推理小説ファンにとっては、何をいまさら、ってところなんでしょうけどね。

 このドロドロとした人間ドラマは、じっくりとページ数を使って書く長編よりも、短編作品のほうが如実に現れる傾向にあるようです。

 文庫本でたかだか50ページ弱しかないのに、何度も映画やテレビドラマ化された「鬼畜」という作品などは、まさにその代表格と言ってもいいかもしれません。

 追いつめられた人間は、あんなにも無邪気で無抵抗な子どもに対して、牙を剥くことができるものなんだろうか。

 人間の織り成すドラマといっても、いろいろとあります。経験もセンスも読解力も足りなくて理解できなかった子どものころの私が持っていなかったもので、今の私があらためてその中身に浸かっている清張作品。

 小説とは面白いものです。自分の歴史を振り返るきっかけすら与えてくれるものなんですから。

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2008年9月18日 (木)

難問

 あまり収集という趣味を持たない私ですが、学生の頃からずっと集めているものがあります。といっても、無理に集めようとはしていないので、たまたま手に入ったときだけ取っておくというスタイルだったのですが、20年以上続けているうちに、結構な数がたまりました。

 ギザのついた10円玉です。昭和20年代半ば頃まで鋳造されていた、今でも稀に流通しているのを見かけるものです。といっても、20年前と比べると、今ではほとんど手に入らなくなった気がします。

 私はこの、今まで集めてきたギザつき10円玉を、カンの貯金箱に入れていました。

 ヒメっちがその存在に気がついて、貯金箱のフタを取ってみると、そこには50枚ばかりの10円玉。よく見ると、その縁にギザがついています。

「一枚もらってもいい?」

 と聞いてきますが、ダメです。あげられません。

 お小遣いというものにとても強い興味を持つようになってきたヒメっち。自分のお金を持ってみたいという気持ちはあるのでしょうが、その気持ちの持って行き場所に難儀している様子です。

 そろそろ家の中で、お小遣いになるような仕事を与えるのもいいのかもしれません。ただし、仕事という言い方をする以上は、中途半端なことはさせられないし、たとえその仕事に手を抜くようなことがあったとしても、途中でその仕事を取り上げてしまうというのは最後の手段。任せる以上は、任せる親の側も覚悟を伴います。

 デリケートなタイミングが要求される、微妙な問題です。

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